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「ふんふんふーん♪」 食堂で食後の紅茶を楽しむ少女、ゼロのルイズはご機嫌だった。 今日のデザートは彼女の好きなクックベリーパイなのだ! なにやら食堂の一角が騒がしくなっている気もするが、彼女にとって今は誰にも 邪魔されたくない至高の時間なのである。 使い魔がそっちの方に行ったような気もしたが、当然無視した。 「まったく、あの馬鹿ったら…」 食堂で食後の紅茶を楽しむ少女、香水のモンモランシーは先日の事を思い出して 不機嫌になっていた。 「ギーシュ、ポケットから壜が落ちたぞ」 「おお!その香水はモンモランシーのものじゃないか!」 「つまりギーシュ、お前はモンモランシーと付き合っている。そうだな?」 「ち、違う!彼女の名誉の為に…ケ、ケティこれはその… ヒィ!も、モンモランシー!?違う、違うんだ!」 「ヘイ!ケティ、マスク狩りの時間だ!」 「OKモンモランシー!」 「クロス!」「ボンバー!」 「ウギャー!キン○マ―ン!」 「すまないギーシュ!僕が壜を拾わなければ…」 「いいんだ…それより、誰か僕の顔を見て笑っていやしないか?」 「誰にも…誰にも笑わせはしない…」 「ありがとう…マルコメミソ」 「マリコルヌ!風上のマリコルヌだよ!?」 つまりは、付き合ってる男に二股かけられたのである。 気位の高い彼女には、とてもとても許容しがたい出来事であった。 気位が高くなくても許容できない話だと思うが。 それでも謝られると許したくなってくるのが、余計に腹が立ってくるというかなんというか。 「どうぞ」 そんなことを考えていると、メイドがデザートを机に持ってくる。 当然貴族である彼女が『ありがとう』等と、平民に一々礼を言うわけも無く、 配った彼女を見ようともしないでクックベリーパイを口に運ぶ。 「…ちょっと、そこの貴方」 「え、私ですか?」 ケーキを配ったメイドが、貴族に呼び止められた事に当惑して立ち止まる。 「これ…どういう事?」 シエスタはこれ以上ないというぐらい脅えていた。 目の前の貴族、学生といえど魔法を操り、平民である自分にとって絶対的な存在が 自分に怒りをぶつけているのである。 「申し訳ございません!どうか、どうかお許しください!」 体の震えが止まらない。 「お許しください、ですって? 貴族である私の口に、平民である貴方の髪の毛を入れておいてお許しください?」 「お願いします、どうかお許しを!」 涙が溢れてくる。 平民の自分が貴族に粗相をして唯ですむはずが無い。 周りを見ても、他のメイドは見てみぬフリをし、貴族は何事かと一度は見るものの、 平民が貴族から罰を受けているとわかれば、あとは特に関心をしめさない。 助けなど望むべくも無いのだ。 シエスタにとって不幸だったのは、モンモランシーの機嫌が悪かった事だ。 そうでなければ怒りこそすれ、基本的に野蛮な事を嫌う彼女が『お仕置き』を する事もなかっただろう。 「覚悟はいいかしら?」 魔法の杖を取り出し、残酷に告げる。 「どうか…」 脅えるメイドに、嗜虐心をそそられたモンモランシーが杖を振ると、 メイドの頭上から水が降り注いだ。 「あら、似合ってるじゃない?」 ずぶ濡れになった姿を見て、にっこりと微笑むモンモランシーの姿に、 シエスタは更なる恐怖を覚える。この程度で済むはずが無いのだ。 「あぁ……ぁ……」 「さあ、次は…」 魔法を繰り出そうと杖を振り上げた瞬間、誰かがその腕を掴んだ。 「やめないか!」 育郎が食堂での騒ぎに気付き、駆け寄って見た物は、杖を振り上げる女生徒の前で、 先日世話になったシエスタがずぶ濡れになって震える姿だった。 「な、何よ貴方!?平民が気安く貴族にさわらないでよ!」 女性が抗議の声をあげるが、無視して育郎が尋ねる。 「君は何をやっているんだ!?」 「ハァ?この子の持ってきたデザートにね、髪の毛が入ってたのよ。 粗相をしたメイドにお仕置きして何が悪いのよ?」 「な!?そんな事で…」 「さっさと離しなさいよ!」 モンモランシーが、呆然とする育郎の腕を振り払おうとするが、 掴まれた腕はまったく動かない。 「彼女に謝るんだ」 静かに、だが強い意志を持って育郎の口から出た言葉を、モンモランシーは 鼻で笑って拒否する。 「謝る?何で貴族の私が平民に謝らなきゃいけないの? それに悪いのはこの子の方じゃない」 「君が怒るのもわからないわけじゃない…でもこれはやりすぎだ!」 「な、なによ…」 なんだなんだと、周りの生徒が2人のやり取りに気付く。 「おい、平民が何やってるんだ!」 「あれは…ゼロのルイズの使い魔じゃないか?」 「主人が主人なら使い魔も使い魔だな…」 周りの生徒が騒ぎ出した事により、少し弱気になったモンモランシーが勢いを取り戻す。 「さあ、早く手をはなしなさい!」 しかし育郎は手をはなそうとはせず、モンモランシーを見据える。 「彼女に謝るんだ…」 な…なんなのこいつ!? 生徒達に囲まれても、まったく物怖じせずに自分を見る育郎に、モンモランシーは 恐怖とまではいかないが、言いようのない不安を感じていた。その時、 「君!今すぐその汚い手を、僕の愛するモンモランシーからはなすんだ! さもなくば、このギーシュ・ド・グラモンが相手になってやろう!」 ギーシュは先日の事を謝る為に、愛するモンモランシーを探していた。 ポケットには今月の小遣いの大半をはたいて買った指輪が入っている。 「これを精一杯の愛の言葉と共に渡せば、彼女もきっと許してくれるに違いないさ」 彼は女の子が好きで、特にかわいい女の子が好きで、さらに女好きの家系という 環境で育ち、あとちょっと頭が弱かったりするため、つい二股なんてしてしまったが、 それでもなんのかんの言って、モンモランシーが一番好きなのである。 「モンモランシーならまだ食堂にいたわよ」 彼女の友人の言葉に従って食堂に行って見れば、なんとモンモランシーが平民、 ゼロのルイズが呼び出した使い魔に凄まれているではないか! 当然の如く、彼は愛するモンモランシーを助ける、というよりは相手が平民なので、 どちらかというと彼女にいい格好を見せる為に、前に出たのであった。 「ああ、ギーシュ!」 そんな思惑も見事に的中したようで、不安になっていた彼女が元気を取り戻す。 「聞こえなかったのか?手をはなすんだ…」 彼なりの凄みを効かせて育郎に薔薇の形をした杖を向ける。 「ほ、ほら早くはなしなさいよ。痛いじゃないのよ!」 「あ、すまない」 やっと手をはなした育郎を見て、モンモランシーは先程の不安を思い出し、怒りに震えた。 この平民にどんな罰を与えてやろうか? 平民が貴族に向かって生意気な目を向けてきたのだ… そうだ!ギーシュのゴーレムを使って痛めつけてやろう! 「まったく、貴方にも躾が必要なようね、ギーシュ!」 「ああ、任せてくれたまえ、モンモランシー…」 「とにかく、シエスタさんに謝るんだ」 「そう、このメイドにあやまって」 「ふっ、何がなんだかよくわかんないけど…すまないね、君」 「は、はぁ…」 「………って違うわよ!ギーシュ、貴方も何言うとおりにしてるの!?」 「え、でも君が謝れって?」 「貴族の僕たちが、何故平民なんかに頭を下げなきゃいけないんだ?」 事の経緯を聞いたギーシュがやれやれと首を振る。 「そうよ!大体平民の貴方が私に気安く触れるなんて…」 「そうだ、僕の愛しいモンモランシーになんてことをするんだ? だいたい、そのメイドが悪いんだろう?」 「…だからと言って、ここまでする事は無いだろう」 育郎が呆然とするシエスタを快方する。 うーん、なんだか変なことになってきたぞ? ギーシュの予定では、今頃は格好よく現れた自分がこの平民を叩きのめし、 モンモランシーからお礼のキスでも貰っているはずなのである。 それがこの平民と来たら訳のわからない事を言って、予定とは違う方向に 話が向かっている。 そういえば何で僕がメイドに頭を下げてるんだ?思い出したら腹が立ってきた。 モンモランシーも機嫌が悪くなってるし…よし、ここで一つ良いとこを見せよう! 「モンモランシー…彼の言うとおり謝ってあげてもいいんじゃないか?」 「な、何を言ってるのよギーシュ!」 先日の一撃で頭のどこかが壊れてしまったのかと、驚きながらギーシュを見る。 「ただし、僕に勝ったらだ………『決闘』だよ!!」 オオーッ!と周りから歓声が上がる。 「『決闘』?」 「そうだよ、正々堂々戦い、負けたほうが勝った方のいう事を聞く。どうだい?」 「そんな!?」 おどろく育郎を、脅えているととったギーシュは、調子に乗ってさらに続けた 「貴族から『決闘』を申し込まれたんだ、まさか断るは言わないよな? いや、所詮『ゼロのルイズ』の使い魔…主人同様出来損ないなら、 臆病風に吹かれてもしかたあるまい…」 その言葉に周りの生徒達から笑いが起こる。 「…わかった、受けよう」 「そんな!?育郎さん駄目です!」 育郎が女生徒を止めた時、シエスタの目には彼がおとぎ話の勇者の如く映った。 物語のなかから出てきた英雄が自分を救いにきてくれたのかと。 しかし、時が立つにつれ怖くなってきた。育郎はただの平民なのだ、 それが貴族と『決闘』だなんて…自分のせいで育郎が殺されてしまうかも知れない、 そう思うと先程より強い恐怖が襲ってくる。 「イクローさん、相手はメイジなんですよ!?殺されちゃいます!」 「殺される…だって!?」 驚いた育郎の顔を見ると胸の中が罪悪感でいっぱいになる。 もっとも、育郎が驚いたのは、生命の危険を感じたからではないのだが。 「僕はヴェストリの広場で待っている…逃げるなよ?」 ギーシュがそう言ってモンモランシーと一緒に去っていく。 「私が…私が悪いんです…だからイクローさんがこんな事を…」 ついには泣き出してしまうシエスタ。 「いいんだ…大丈夫だから」 「何が大丈夫なのよ!」 いつの間にか現れたルイズが育郎を怒鳴りつける。 「あんたどういうつもりなのよ、貴族と『決闘』だなんて!? ちょっと馬鹿力だからって調子に乗らないでよ…ほら、一緒に謝ってあげるから」 「それは出来ない…」 「なんでよ!?いい、メイジに平民は絶対に勝てないの! 心配しなくても、誰もあんたを臆病者なんて言わないわよ…」 「…違う」 「な、何が違うのよ…」 育郎にとって臆病者と呼ばれることなど、どうという事は無かった。 シエスタの事もあったが、逃げればルイズも馬鹿にされてしまう、 それが彼に『決闘』を受ける決心をさせたのだ。 「シエスタさん、彼の言っていた広場はどこですか?」 「駄目!?駄目です!」 涙を流しながら必死で止めようとするシエスタをなだめながら、 育郎は近くにいた生徒に広場の場所を聞く。 「何やってるのよ!?やめなさいって言ってるでしょ、ご主人様の命令なのよ!?」 「…それはできない」 「………もう知らない!ギーシュの馬鹿にボコボコにされればいいのよ!!」 走り去るルイズの後姿を見送り、シエスタを他のメイドに任せてから、 育郎は広場に向かった。 果たして、僕はあの力を使わずにすむのか? そう考えながら… 「何か俺忘れられてねーか?いらない子認定されてね!?」 そのころデルフリンガーは言いようの無い不安を感じ、思考がネガティブになっていた。
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前ページ次ページ蒼い使い魔 翌日、朝靄の中、ルイズ達は馬に鞍をつけ準備をしていた。 アルビオンへの船が出ているという港町、ラ・ロシェールまでは馬で二日かかるという。 そんななかギーシュがルイズに何やら頼みごとをしていた、 「お願いがあるんだ、僕の使い魔を連れていきたいんだけど…」 「あなたの使い魔?」 「あぁ、そういえばまだ紹介してなかったね!おいでヴェルダンデ!」 ギーシュはうれしそうに笑うと、足で地面をたたく。すると、もぞもぞと地面が盛り上がり、 茶色の大きな生き物が顔を出した。 小さい熊ほどもある巨大なモグラ、ジャイアントモール ギーシュは膝を突いて、そのモグラにひしと抱きつく。 「ヴェルダンデ! ああ、僕の可愛いヴェルダンデ!! なあ、ルイズ!ヴェルダンデを連れて行ってもいいだろう?こんなに可愛いんだしさ! 」 「それってジャイアントモールじゃない、地中を進んでいくんでしょ?」 「そうだよ。ヴェルダンデは何せ、モグラだからな、馬と同じくらいはやいんだ!」 「早いのはいいけど、行き先はアルビオンよ?港町のラ・ロシェールからどうやって連れていくつもりなの?」 ルイズがたしなめるように言うと、ギーシュは泣きそうな顔をして膝をつきヴェルダンデに頬をすりよせる 「そんな……お別れなんて辛い。辛すぎるよ、ヴェルダンデ……!」 「置いて行きたくないのは分かるけど…。仕方ないのよ。諦めて」 余りの落胆振りに気の毒になったルイズがギーシュに近寄ると、ヴェルダンデが鼻をひくつかせた。 「な、何よ、このモグラ……。ちょ、ちょっと!」 巨大モグラはいきなりルイズを押し倒し、鼻で体をまさぐり始めた。 「何をしている…」 向こう側からバージルが呆れたような顔をして歩いてきた。ゆっくり歩いてくるあたり助けるつもりはないらしい。 「うーん、あぁ、このモグラは僕の使い魔なんだけど、どうしちゃったんだろう?突然ルイズを押し倒しちゃったんだ。」 「ギーシュ!このモグラ何なのよ!呑気に解説してないでさっさと止めなさいよ!」 呑気に顎に手をあてて考えるギーシュにルイズはわめき散らす、 バージルはそれを無視し自分が乗る馬に鞍をつけている。 「ちょっとバージル!早く助けなさいよ! きゃあ!」 ヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻をすり寄せた。 「この! 無礼なモグラね!姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」 「なるほど、指輪か、どうやらヴェルダンデはその指輪に反応していたみたいだね! ごめんごめん、わかったことだし今助けるよ」 納得したようにギーシュは言い、ヴェルダンデをなだめようとルイズに近づく その時、一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつくモグラを吹き飛ばした。 「だっ…誰だ!僕のヴェルダンデになんて事をするんだ!」 ギーシュが激昂してわめき、薔薇の造花を掲げるが、その杖も風に吹き飛ばされる。 霧の中から、一人の長身の貴族が現れた。 「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行する事を命じられてね。 君達だけではやはり心許ないらしい。しかしお忍びの任務であるゆえ、 一部隊をつける訳にもいかぬ。そこで僕が指名された。」 長身の貴族は、帽子を取ると一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 文句を言おうと口を開きかけたギーシュは相手が悪いと知って項垂れた。 魔法衛士隊は、全貴族の憧れである。ギーシュも例外でない。 ワルドはそんなギーシュの様子を見て首を振る。 「いやすまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」 ワルドがそう言うとルイズが顔を赤くしながら小走りで近寄る。 「ワルド様…!」 「久しぶりだな、ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱き上げる。 「お久しぶりでございます」 「相変わらず軽いなきみは!まるで羽のようだ!」 「……お恥ずかしいですわ」 ワルドに抱き上げられたまま、ルイズは離れて立っているバージルを横目で見た。 バージルはまるで眼中にないと言わんばかりに腕組みをしていた。 「彼らを、紹介してくれたまえ」 ワルドはルイズを地面に下ろすと、再び帽子を目深にかぶって言った。 「あ、あの……、同級生のギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のバージルです」 ルイズは交互に指差した。 ギーシュはあわてて頭を下げる。 バージルは完全に無視している。 「あれがルイズの使い魔かい?まさか人間と―むぐっ!」 あわててルイズがNGワードを出したワルドの口を押さえる。 再会早々目の前で斬り殺されてはたまらない。 幸いバージルは聞いていなかったのかさして変わった様子はなかった。 「ど…どうしたんだい?僕のルイズ…?」 「え?あ、いやあのアハハハ、なんでもありませんわ、アハハハ…はぁ…」 ルイズの乾いた笑い声が響く、 そんなルイズを怪訝な顔で見つめながらワルドがバージルに近づく。 ルイズはワルドがどうかNGワードを再び口にしたい事を祈っていた。 「君が、ルイズの使い魔…だね、僕の婚約者がお世話になっているよ」 そう言うとワルドがバージルに右手を差し出す。 今まで腕を組んで目を瞑っていたバージルがワルドを見据える、 「…全くだ」 そう忌々しそうに呟くと握手を求めるワルドを無視し さっさと馬に跨ってしまった。 バージルの皮肉、そして無視のダブルパンチに、ワルドは気まずそうな笑みを浮かべた。 その隣で、ルイズが怒ったように顔を赤くしていた。 ワルドは口笛を吹いて鷲の頭と上半身と翼、それに獅子の下半身を持つグリフォンを呼び、 ひらりと跨る。そしてルイズに手招きをした。 「おいで、ルイズ」 ルイズはもじもじしていたが、ワルドに抱きかかえられ、グリフォンに跨った。ワルドは手綱を握り、号令した。 「では諸君! 出撃だ!」 「仕切ってるねえ…相棒、あの髭むしり取ってやれよ」 背中のデルフがバージルに呟く それを無視し、ギーシュとバージルは馬を走らせる、 かくして4人はアルビオンへ向け出発した。 一方こちらは寮塔の一室。 偶然朝早く起床していた一人の人物が、朝靄の中に消えていく、 一頭のグリフォンと二頭の馬を窓越しに じっと見つめていた。 「行かなきゃ」 雪風のタバサはそう呟き、口笛をひと吹きすると、身支度を整え親友の部屋に向かった。 窓の外にやって来た彼女の使い魔、シルフィードが、辺りに誰もいない場で呟いた。 「お姉さまったら、あの悪魔にとりつかれちゃったのね?きゅいきゅい」 アンリエッタは出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。 「見送らないのですか? オールド・オスマン」 「ほほ、見ての通り、このおいぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」 「トリステインの未来がかかっているのですよ? なぜそのような余裕の態度を…」 「既に杖は振られました。なに、彼ならば道中どんな困難に会おうと、やってくれますじゃ」 「彼とは? あのギーシュが? それともワルド子爵のことですか?」 オスマンは意味ありげに首を振る。 「まさか、あのルイズの使い魔が? 彼は平民ではありませんか」 「ほっほっほ、彼は只の平民ではありませんぞ、わしは彼だけは敵にまわしたくありませんな。 彼は伝説の使い魔『ガンダールヴ』にも匹敵、いや、それ以上の存在だと、わしは思っておるんですじゃ。 何しろ、異世界から来た男ですからのぅ」 「異世界? そのような場所が……」 「姫様、世界は広いですぞ。ハルケギニアではない、どこか。『ここ』ではない、どこか。 そういうものがあるのを頭越しに否定していては、いつまで経っても進歩はありませんわい」 アンリエッタは遠くを見るような眼をした。 「ならば、祈りましょう。異世界から吹く風が、アルビオンに吹く風に負けぬことを」 魔法学院を出発して半日、ワルドは止まることなくグリフォンを疾駆させていた。 すでに後方からついて来ているであろうバージルとギーシュの姿はもうみえなくなってしまっていた。 「ちょっと、ペースが速くない? バージルもギーシュもついてきていないわ」 ワルドの前に跨ったルイズが言う。ワルドの頼みもあり、雑談を交わすうちに口調はいつものものに戻っていた。 「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだ。ついてこれないなら置いて行けばいい」 「置いて行くなんて駄目よ」 「どうして?」 「だって、仲間じゃない…。それに…使い魔をおいていくなんて、メイジのすることじゃないわ」 言い訳じみた口調でルイズは言う。 「やけにあの二人の肩を持つね。どちらかが君の恋人かい?」 「そ、そんなことは無いわ!」 「そうか、ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたらショックで死んでしまうよ」 「婚約者っていっても……その……親が決めた事じゃない」 「おや? 僕の小さなルイズ、僕の事が嫌いになったのかい?」 「嫌いな訳ないじゃない」 ルイズが照れたように言う。 「良かった。じゃあ、好きなんだね」 ワルドが軽快に笑って、手綱を握った手でルイズの肩を抱いた。ルイズはなおも戸惑ったような顔をする。そんなルイズにワルドは落ち着いて言った。 「旅はいい機会だ。一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気持ちになるさ」 昔話に花を咲かせつつもルイズは考える。自分はワルドのことが好きなのか? 嫌いじゃないのは確かだ。強くて優しいワルドは幼いルイズにとって、憧れの象徴だ。しかしそれは記憶が擦り切れるくらい昔の事だ。 ワルドの両親が亡くなり、彼が魔法衛士隊に入隊してから今まで、もう十年も会っていなかった。 なのにいきなり婚約者だの結婚だのといわれても困る。離れた時間がありすぎて、好きなのかどうか、いまいちまだわからないのだ。 この気持ちがなんなのかバージルならわかるだろうか? いや、どうせあいつのことだ。「くだらん」の一言で切って終わりだろう。 「考えた私が馬鹿だった…」 ワルドに聞こえないように呟くと、もう見えなくなってしまった後方に目をやった 「ちょ、ちょっと…?もう見えなくなってしまったけど、こんなにゆっくり走ってていいのかい?」 「…体力の無駄だ」 ギーシュの問いに、無尽蔵の体力をしておきながらしれっとバージルは言う 初めからワルドのペースに合わせる気がまるでないのかのんびり馬を走らせている。 ギーシュはワルドが見えなくなってしまったことに不安を感じているのか急ぎ走らせたいようだが、 バージルを置いていくわけにはいかない、ラ・ロシェールまでの道は知っているため彼に道案内を命じられたのだ。 置いて行ったら間違いなく殺される。そんなわけでバージルのペースにあわせていた。 「しかし、ルイズの婚約者が魔法衛士隊、グリフォン隊の隊長殿だなんてね。やはりヴァリエールは名門だな」 重い空気に耐えかねてギーシュが話題を切り出す 「フン、興味がない」 「そ、そうなのかい?しかし魔法衛士隊の隊長とはなぁ、全貴族の憧れだよ!僕も将来なりたいものさ!」 ギーシュは我が事のように興奮しつつ話す、 やはり憧れの役職に就く人間が同行者となるとこうなるものだろう。 熱く語るギーシュを無視しのんびりと馬を走らせ風景を楽しんでいたバージルだったが、顔が突然険しくなった。 「おい」 「え?な、なんだい?」 「死にたくなければそこで止まれ」 「ど、どうしたんだい一体?」 バージルの物騒な一言を聞き馬を止めるギーシュ、すると目の前の地面に僅かに光を放つ矢のようなものが刺さっている バージルが止めなければ自分に刺さっていただろう、 「なっなんだ!?まさか野盗か!?」 「邪魔だ、人形でも出してその陰に隠れてろ」 ギーシュが驚き叫ぶのと同時に馬から飛び降りたバージルが目の前に立ち静かに言う。 そして矢が飛んで来た崖の上を睨みつけると… ギーシュの視界からバージルの姿が消えた。 バージルが崖の上に辿りつくと、そこにはギーシュが作り出したワルキューレとは違った 禍々しい姿をした石像、六本の腕を持ちその手に持つ弓で魔力の矢を放つ魔弾の射手―― ――「エニグマ」の群れがバージルを狙っていた。 ガシャン!という金属質の音とともにエニグマの魔弾がバージルに向かって放たれる――! 「フン…」 バージルは短く鼻を鳴らすと、一瞬で一体のエニグマの頭上へ移動、そのままデルフを抜き放ち ヘルムブレイカーで頭から真っ二つにする。そのまま流れるように閻魔刀を抜刀、左右の二体を斬り払う。 一瞬標的を見失ったエニグマの群れは無差別に矢を放つ、 それらを閻魔刀で叩き落としつつそのまま群れの中に突っ込むように疾走居合を放つ。 バージルが納刀するのと同時にエニグマの群れが崩れ落ちた、 だが攻撃圏外にいた生き残りの一体がバージルに狙いを付け矢を放とうとしていた。 それを横目で見ていたバージルは次元斬の構えに入る、だがそれらが放たれる前に 空気の塊がエニグマに襲い掛かった 「エア・ハンマー」 直撃を貰い宙に舞うエニグマに、バージルの次元斬が襲いかかる。 成すすべなくバラバラに切り刻まれたエニグマは崖下へと落ちて行った。 バージルは閻魔刀を納刀すると魔法が飛んできた方向を見る、 そこにはシルフィードにのったタバサとキュルケが降りて来た。 「お前達か…」 「ハァイ、ダーリン」 キュルケが手を振りながら近づいてくる、 タバサは杖をもちながらまだ周囲を警戒している様だ。 「何しに来た」 「急にタバサに起こされてね、ダーリン達が出かけたっていうから付いてきちゃったのよ」 キュルケはそう答えると、あたりに転がっているエニグマの残骸を見る。 「ところで、こいつら一体なんなの?ガーゴイルかしら?」 「そんなところだ」 バージルは短く言うとあたりをみまわす、 「本来はこいつらが襲ってくる筈だった…ということか」 そう言うと近くの茂みを見る、 そこにはエニグマの矢に貫かれたのであろう、武装した傭兵達と思われる死骸が転がっていた。 「う…」 キュルケが口元を押さえる。死体を見慣れていないのだろう、当然の反応だ。 「君たち!来ていたのかい!?」 ギーシュの声に三人が振り向く、 どうやらシルフィードが飛んで来ているのを見たのだろう、崖の上まで走ってきたようだった。 「あら、ギーシュいたの?」 「いたよ!何も出来なかったけどね…」 「そういえばルイズはどうしたの?一緒じゃないの?」 「それが…彼が全然急ごうとしないから置いて行かれちゃったんだ、グリフォンにのっていたからね。 あっという間に引き離されちゃったよ」 そう言うとチラとバージルを見る、何やら考えごとをしているらしく、難しげな顔をしていた。 「そう、置いて行かれちゃったのね、行き先がわかってるならタバサに頼んで乗せて行ってもらえば? どうタバサ?」 「別にいい、けど狭くなる」 「俺は少し考える事がある。ここまで来ればあと少しだろう?こいつだけ乗せて先へ行け」 ギーシュはその提案をありがたく受け入れ、バージルに簡単な道の説明をし、三人はシルフィードに跨る。 「後で迎えに来る」 タバサはバージルに短く言うと飛び立っていった。 「じゃ、じゃあ僕らは悪魔に襲われたっていうわけかい!?」 「へぇ、あれって悪魔だったの…」 道中タバサから一通りの説明を受け二人は驚く、 「この件、私たちだけの秘密、襲われたことも」 「ルイズ達に黙っておくのかい?」 「きっと面倒事になる、それに彼もきっとそう言う」 「ま…まぁ、下手に話を混乱させるよりかはいいか…」 「タバサがそう言うなら黙っておくわ。それにしてもタバサ、あなた随分とダーリンにお熱なのね」 とりあえず納得したのか二人は頷く。 そうこうしているうちに遠くに町の光が見える。ラ・ロシェールまではもう少しだった。 シルフィードは羽ばたきを強め、高度を落としていった。 一方、戦場となった崖の上では、殺戮の現場そのままにエニグマの残骸と傭兵達の死体が転がっている。 そんな中、突如一陣の旋風が舞い踊る。 砂煙をあげる竜巻が収まった後に、風は一人の長身の男の姿に変わっていた。 漆黒のマントを羽織り、地味で飾りのない暗灰色の服を着ているその姿は、闇に溶け込んでいくような 雰囲気を纏っている。 ただ、黒い姿の中で顔だけは、周囲の闇から浮かび上がるような白い仮面で覆われていた。 まるで闇の中で仮面だけが浮いているように。 「なんだ…?このガーゴイルは?こんなもの投入した覚えはないが…」 仮面の男がそう呟きながらエニグマの残骸をつま先で蹴り飛ばす。 「傭兵達は…フン、全滅か、このガーゴイルに殺されたのか、それとも…」 「その物言い、悪魔は貴様の差し金ではないらしいな…」 突如闇の中から声がかかる…… 「誰だ!」 男は鋭く叫び声がした方向に杖を向ける。 警戒を崩さない仮面の男の視線の先に、氷のように蒼いコートを翻し銀髪の男が現れる。 「お前はっ!?」 なぜこの男がここにいる?目的地に向かったはずではないのか? だがここにいるのは自分とこの男の二人だけ、消すには都合がいい。 そう考え杖の先に風の槍を纏わせ臨戦態勢に入り男を睨みつける、 が、男の姿はすでに消えていた。 「どこだっ!?」 「貴様が―」 ―ドッ! 「なっ…」 自分の胸から白刃が飛び出している、いつのまにか背後に男が回り込み 魔の一撃が仮面の男の身体を、心臓を貫いていた。 「無関係ならば用はない」 その声が聞こえたのを最後に、仮面の男の体はかき消えた―― 「…?なんだこいつは」 バージルはたった今斬り捨てた男が血も出さず綺麗に消え去ったことに疑問を持っていた。 「あぁ、相棒、そいつは風の遍在だな、有り体にいえば分身だよ」 「偵察といったところか」 「しかし、聞くことあったんじゃねぇか?ま、答えてくれるとは思わないけどな」 「フン、十中八九貴族派の連中だろう、あの反応からして悪魔と手を組んでいるということはなさそうだ」 「そんなもんかねぇ、しかし、今ので俺達の行動は全部貴族派の連中に筒抜けってことになるな」 「人間も悪魔も…邪魔をするものは全て斬り捨てればいい」 「おぉ怖い、敵さんに同情しちまうぜ」 デルフがカチカチと笑う、それを無視しつつ停めてある馬へと向かう。 「(あの悪魔の群れ…最初の攻撃以降、小僧を狙わず俺を攻撃してきた…狙いは…俺か?)」 そこまで考えると馬に跨り、バージルはラ・ロシェールへと向かう道を進み始めた。 前ページ次ページ蒼い使い魔
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あの夜。 ワルドから、あの少年が伝説に語られしガンダールヴであることを告げられた。 そして、彼が言うには、いつの日か私は歴史に名を残すような偉大なメイジになるそうだ。 馬鹿馬鹿しい御伽噺にしか聞こえなかった。自分の身の程は、自分が一番良く知っている。あの少年の馬鹿さ加減も良く知っている。 私達が伝説の生まれ変わりを演じられる理由など、どこを探しても見つかりはしない。 私がメイジとして大成することはないだろう。 人並みに扱えるようになれれば、それで十分だ。 そう言えば、そんな風に思えるようになったのは、いつの日からだろう。 考え込む私に向かって、彼は求婚した。 ふと、あの少年の笑顔が頭に浮かぶ。 目の前にいるこの男と結婚しても、私はあの少年を使い魔としてそばに置いておくのだろうか。 なぜか、それはできないような気がした。これが鴉や、梟だったら、こんなに悩まずにすんだのかもしれない。 もし、私があの少年を見放したら、あの子はどうなるんだろう。 キュルケか、それとも少年に施しを与えるシエスタとか……、誰かが世話を焼くに違いない。 そんなの嫌だ。 あの少年は、馬鹿で間抜けだけれど、他の誰のものでもない。 私の使い魔なのだ。 彼の笑顔も、彼の涙も、彼の優しさも、彼の心も、彼の体も、全て私のもの。 彼は私の使い魔なのだから、彼の全ては私のもの。 私はプロポーズの答えを保留した。 この男は、優しくて、凛々しくて、ずっと憧れていた。 求婚されて、嬉しくないわけじゃない。 でも、あの少年が心に引っかかる。 引っかかったそれが、私の心を前に歩かせないのだ……。
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元ネタ:First kiss(ゼロの使い魔 ICHIKO) 作:ヤジオーディエンス Past timesまで持ち出す おまえの妙なTheory その頑迷に輪を掛けて 今日も突然怒り出す 僕が何をしたと言うの やむを得ないことだよね 毎日だよ! こんなことは やけにココに居づらくなってゆく もし嫁が ムッツリと黙り込んでも 僕はきっと 陰でそっと 息を殺してる ※Waste timeこの暮らしに 積もり積もったDiary また無茶に輪を掛けて おまえの態度変わるから Past timesまで持ち出す おまえの妙なTheory その頑迷に輪を掛けて 今日も突然怒り出す いつも嫁は予測不能 通常 異常 もうわからなくなる そんな僕が くたびれてぶっ倒れても 嫁はきっと 僕をもっと こき使ってくれる Worst timeまで待てない 二人の家はMisery その瞬間に意を決し 僕だけきっと逃げるから Past timesまで持ち出す おまえの妙なTheory その頑迷に輪を掛けて 今日も突然怒り出す もし嫁が 珍しく機嫌よくても 僕はきっと 陰でそっと 息を殺してる ※繰り返し 検索タグ アニメ フルコーラス 既男ネタ ヤジオーディエンス メニュー 作者別リスト 元ネタ別リスト 内容別リスト フレーズ長別リスト
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前ページ次ページ蒼い使い魔 ルイズは夢を見ていた。まだ小さい頃、トリステイン魔法学院に行く前の頃の…。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」 ルイズは、生まれた故郷、ラ・ヴァリエールの屋敷の中庭を逃げ回っていた。 騒いでいるのは母、追ってくるのは召使である。理由は簡単、デキのいい姉達と魔法の成績を比べられ、 物覚えが悪いと叱られていた最中逃げ出したからだ。 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「まったくだ、上の2人のお嬢様は魔法があんなにおできになるというのに」 召使達の陰口が聞こえてくる、ギリと歯噛みしルイズはいつもの場所に向かう。 そう、彼女の唯一安心出来る場所、『秘密の場所』と呼ぶ中庭の池へと。 あまり人が寄りつかない、うらぶれた中庭。池の周りには季節の花が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチ。 池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。 その小さな島のほとりに小船が一艘浮いていた。船遊びを楽しむ為の小船も、今は使われていない そんなわけで、この忘れられた中庭の島のほとりにある小船を気に留めるのはルイズ以外誰もいない。 ルイズは叱られると、いつもこの中に隠れてやり過ごしていた。 予め用意してあった毛布に潜り込み、のんびり時間を過ごそうとしていると…… 一人のマントを羽織った立派な青年の貴族が、ルイズの小さな視界に写りこむ。 年は大体十代後半、このルイズは六、七歳であるから、十ばかり年上だろうと感じる。 「泣いているのかい? ルイズ」 つばの広い帽子に顔が隠されても、ルイズは声でわかる。子爵様だ。最近、近所の領地を相続した年上の貴族。 「子爵様、いらしてたの?」 「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あの話のことでね」 「まあ!」 それを聞いてルイズは頬を赤く染めうつむく。 「いけない人ですわ。子爵様は……」 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 おどけた調子で言う子爵の言葉にルイズは首を振る。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも……わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 そんなルイズに子爵はにこりと笑い手を差し伸べる。 「子爵様・・・」 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじきパーティが始まるよ」 「でも・・・」 「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 ルイズはその子爵の手をとろうとする。 雨が、降り始めた 「(あら…?雨…?)」 雨が降り始めるのと当時に、一陣の風が吹き、貴族の帽子とマントが飛んだ。 帽子とマントがなくなり、覗きでてきた顔と姿を見て、ルイズは思わず驚きの声をあげる。 オールバックの銀髪に氷の様に蒼いコート、手はさしのべられておらず、左手には閻魔刀を握っている。 「なっ…なっ…なんでっ!?なんであんたが…」 そう、子爵だと思った人物はいつのまにかルイズの使い魔、バージルにすり変わっていた。ルイズも元の十六の今の歳の姿に戻っている。 だがいつものバージルとは様子が違う、顔はいつものように仏頂面だがいつも以上に恐ろしい雰囲気を纏っている。 「ひっ…」 思わず声にならない悲鳴を上げる、当のバージルは目の前のルイズの存在が目に入っていないように遠くを見ていた。 「来たか」 バージルは小さく言うと静かに後を振り返る、 「全く大したパーティだな」 バージルの振り向いた方向から声がする 「酒もねえ、食い物もねえ―おまけに女も逃げちまった」 その声のする方向をルイズが見るとバージルとは対極な血のように赤いコートを羽織った男が立っていた 「(―えっ…?バージルが二人!?)」 男の顔はバージルと髪形こそ違えど瓜二つ、ルイズは二人の姿を交互に見比べる。 「(まさか…バージルの弟…?)」 「それはすまなかったな…気が急いて準備もままならなかった」 「まあいいさ、ざっと一年ぶりの再会だ、まずはキスの一つでもしてやろうか?それとも―」 赤いコートの男は手に持った銃の様なものをバージルに突き付け言い放つ。 「こっちのキスの方がいいか」 二人の間に一触即発の雰囲気が流れる、その恐ろしい空気にルイズの全身に鳥肌が立つ、ここにいたくない、でも動けない。 「…感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」 「―らしいな」 そう言うと閻魔刀の鍔を押し上げるバージル 「(いやいやいや!ぜんっぜん感動的じゃないわよ!)」 ルイズの心の底のツッコミは二人に届くはずもなく、 二人の殺し合いが始まった。 いつの間にか、ヴァリエール家の屋敷の秘密の場所から手を伸ばせばなぜか一つしかない月にまで手が届きそうな塔の上に切り替わっていた。 凄まじい速度と威力で打ち合わされる剣と剣、男が両手に持った銃を撃てばバージルはそれを閻魔刀で受け止め斬り飛ばす。 人間では永遠に届かない、悪魔の戦い。二人の顔は兄弟同士で殺し合っているにもかかわらず、どこか、笑っているようだった。 二人は切り結ぶ。二人の剣が打ち合わされる度に、火花とすさまじい力が流れてくる。 場面が、切り換わる、ここは河だろうか?だが何かが違う、空気が淀んでいて禍々しい雰囲気・・・ 異界――魔界。そう、そう呼ぶに相応しい場所だ。 それでも二人の戦いは続いている、ルイズはただ呆然とそれを見ることしか出来なかった。 「そんなに力が欲しいのか!?」 ダンテと呼ばれた男がバージルに向かって叫ぶ 「力を手に入れても父さんにはなれない!」 「貴様は黙ってろ!」 バージルが手にした大剣で斬りかかる、ダンテも同時に大剣を振りおろす、 その剣は打ち合うことなく、お互いの剣を手で受け止めていた。 「俺達がスパーダの息子なら…受け継ぐべきなのは力なんかじゃない!」 二人の手に力がこもる、 「もっと大切な―誇り高き魂だ!!」 ダンテがそう叫ぶのと同時に二人は距離を取り睨みあう 「その魂が叫んでる―あんたを止めろってな!!」 ―それを受けたバージルの笑い声が木霊する。 「悪いが俺の魂はこう言ってる―もっと力を!」 「双子だってのにな…」 「あぁ―そうだな」 二人の悪魔がぶつかり合う、誇り高き魂を持つ赤い悪魔が、何よりも強い力を求める蒼い悪魔が 父への誇りを胸に、己の魂の叫びに従い剣を振う。 だがそれは心から憎しみ合うというより、兄弟の争いに見えた。 そして、決着がついた…。 ダンテが剣を振うのを待つかのように剣を振るったバージル、致命傷を負い手から落ちる父の形見の大剣と母の形見、 そして手に取ったのは…母の形見のアミュレット… 「バージル!!!!」 ルイズはそれを見て心の底から声を上げる、だが彼らに声が届かない。 「これは渡さない…これは俺の物だ…スパーダの真の後継者が持つべき物―」 そう言いながらバージルは後ろへと後ずさる、それ以上進めば深い闇へと落ちてしまうだろう。 それを止めようとダンテが駆け寄ると、バージルは閻魔刀を抜き放ちダンテの喉元へと突き付ける。 「お前は行け…!魔界に飲み込まれたくはあるまい…、俺はここでいい、親父の故郷の…この場所が…」 そう言うと最後まで兄を救おうと手を伸ばすダンテを拒否するかのように手のひらを閻魔刀で斬る、 そのままバージルは深い闇の中へと堕ちて行った。 「バージル!バージル!!」 ルイズは涙を流しながら淵から闇の中を覗き込む、だがそこにはもう見渡す限りの闇しか見えない 「よくもっ!よくもバージルを!あんた!バージルと兄弟なんでしょ!?双子なんでしょ!?この悪魔ぁッ!」 そのままダンテを睨むとすぐさま飛びかかった、だがダンテの身体にぶつかることはなく、そのまますり抜けて転んでしまった、 転んだままダンテを睨むルイズ、だがその目に飛び込んだものは 「…泣いてる…の?」 ダンテが泣いている、兄を救えなかった、家族を想う涙。 「悪魔が…泣いている…」 「はっ!!」 ルイズがベッドから飛び起きる、あたりを見渡せば、そこはもはや見慣れた寮塔の自室だった 目がしょぼしょぼする、どうやら夢を見ながら泣いていたようだ…。 「(あの夢って…)」 ぼんやりとだが懸命に先ほどみた夢を思いかえす、もはや最初の子爵のくだりなどどうでもよい。 あの夢ではバージルは最期、兄として魔界に散った、もしかしたら心のどこかで弟に止めて欲しかったのかも知れない… 「バージル…?」 夢に出て来た己が使い魔の名を呼び、あたりを見渡す そこには窓辺に立ち外を眺めるバージルの姿があった、 その姿を見て安堵のため息をつく、 「どうした…」 こちらを見ずにバージルは言う 「その…あの…変なこと…聞いていい?」 「なんだ」 「家族を想うことってある…?」 「っ…」 バージルの目が一瞬、今までに見たことも無い色を映した。すぐに元の仏頂面に戻ってしまったが 「…なぜそんなことを聞く」 「あ…う…その…ごめん、忘れて…」 「フン…」 そう言うとルイズはベッドに潜り込み目を瞑る 「(家族を想い涙をながす悪魔…バージルもきっとそうなのかも…)」 一瞬見せたバージルの優しい目、それが強く印象に残った。 一方その頃、フーケが囚われているチェルノボーグの監獄 「うぅっ…女の命である髪の毛をっ…よくもっ!あの使い魔め!」 牢屋の中ではフーケが悪態をついていた。 バージルに反吐が出るほど強烈に腹を殴られ、しかも気を失ってる間に 髪の毛まで毟り取られたのだ、頭の一部分が心なしか薄くなっている。 「なんとかしてあの使い魔に復讐してやりたいもんだけど…これじゃもう無理かねぇ…」 そう呟くとため息を吐く、ここから脱獄しようにも杖がない為魔法も使えない。 使えたとしてもあの宝物庫よりも強力な固定化がかかっているこの牢獄に自分の錬金が通用するはずもない。 あきらめて今はもう寝よう、そう考え横になる、するとコツコツと誰かが近づいてくる音が聞こえる。 見回りの看守の足音にしては妙だ。 現れたのは白い仮面をかぶった貴族の男だった。 「『土くれ』だな?お前の願い叶えてもいいぞ」 「聞いてたのかい、もうすこしマシな趣味をもちな」 男はそのまま両手を広げて敵意のない事を示す。 「我らに仕えて欲しい。マチルダ・オブ・サウスゴータ」 「…っ!!」 かつて自分が捨てざるを得なかった名、それを耳にしフーケは言葉を失った 「何が目的だい…」 「なに、革命を起こすのさ、アルビオンにな。その為には優秀なメイジが欲しい。協力して欲しいのだがどうかね? 『土くれ』よ」 「随分ペラペラと喋るんだね? 私が断らない理由でもあるのかい?」 「もし断ったら―――」 「分かってるわよ、どうせ殺すんでしょ?」 フーケが割って答える。仮面ごしではあるが、恐らく笑ったであろうと感じた。 「さぁ、どうする?」 「乗ったわ、あの使い魔の男に復讐してやる!…っと、その前に、その組織の名前を教えてくれないかい?」 フーケの問いに白仮面の男は鍵を開けながら答えた。 「レコン・キスタ」 前ページ次ページ蒼い使い魔
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……ハイジョン、これは犬ですか? いいえ、これは眼鏡です。 わたしの中のジョンも眼鏡だと言っていた。 わたしも眼鏡だと思う。それ以外の何にも見えないし。 そう、眼鏡。見るからに眼鏡。誰が見ても眼鏡。眼鏡祭りだ。 わっしょい、わっしょい。あはは、うひひ。わっしょい、わっしょい。 ……ちょっと落ち着こう。冷静になろう。とりあえず手に取ってみよう。 ほうほうほほう。こりゃ立派なもんね。レンズの輝きなんて、磨き上げられた宝玉も真っ青。 パッドの可動域はかなり広めに作られてる。 蝶番も九十度以上は余裕だから、小さい人も大きい人もオッケーってわけか。 しっかしこれどういう技術使えばできるんだろう。かなりの熟練職人が練成したんだろうな。 この軽さ。かといって頑丈さを犠牲にしてるわけじゃない。 本来なら両立できないはず二つの柱がでんとそびえているわけよ。すごいね。 無理に両立してるわけじゃなくて、ごく自然にそう作られている。 この屋根を支えるにはこの太さの柱が必要ってな感じで。 そして色。この色。草原の緑と素晴らしいコントラストを描く赤。 使いようによってはかなり下品になっちゃう色なんだけど、これは違う。 炎の赤? 血の赤? 夕陽の赤? 唇の赤? 髪の赤? どれも違う。 フレームに使われた赤は、わたしが見たことのない赤だ。 地面に置かれていたせいで少し土がついていた。息を吐きかけ、ハンカチで拭く。 ああ、きれい。これはきれい。日用品じゃなくて芸術品。見てるだけでうっとりしちゃう。 でもね。 「ミスタ・コルベール」 「なんだね。ミス・ヴァリエール」 「もう一回召喚させてください」 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「眼鏡は使い魔になりません」 「これは伝統なんだ。ミス・ヴァリエール。例外は認められない」 いやいやいやいや。いくらなんでも眼鏡は無いって。 「彼は……」 口に出してからおかしいことを言ったと気づいたんだろうね。 眼鏡に彼も彼女もないって。 「コホン。その眼鏡は……」 あ、ごまかした。 「ただの眼鏡かもしれないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなければならない。古今東西、眼鏡を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先する。彼には君の使い魔になってもらわなくてはな」 あ、また彼って言った。 「嫌です。伝統がどうこういったってわたしは嫌です」 「だからね」 「わたしは眼鏡なんて嫌です」 「はい」 「なんだね、ミス・タバサ」 「私は眼鏡が好きです」 「君ちょっと黙っててくれないか。頼むから。……ミス・ヴァリエール。眼鏡をそう毛嫌いするもんじゃない」 毛嫌いはしてないけどね。でもねぇ。 「おいおいゼロのルイズが眼鏡召喚したぜ!」 「すごいな、俺たちにゃ到底真似できないぞ!」 ここでどかんと笑いが起きた。 あーあ、自分のことでなけりゃわたしだって笑いたいよ。 でも自分のキャラってもんがあるし、とりあえずマリコルヌ睨んどこう。 「ミスタ・コルベール。やっぱり眼鏡は使い魔になりません。眼鏡は物じゃないですか」 「いやしかし。物といえば、ゴーレムだって物なわけじゃないかね」 なるほど、一理ある。あってもやだけど。 まずいな、このまま言い負かされちゃうと本当に眼鏡使い魔にするはめになる。 そんなことになったら……そんなことになったら……まずい、まずい。まずいって。 「眼鏡はゴーレムじゃありません」 「しかしだね……」 「私は眼鏡なんか嫌です」 「私は眼鏡が好きです」 「ミス・タバサ、少しでいいから黙っていてくれ」
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前ページ/ゼロの使い/次ページ 瓦礫一つ、動くもの一つ無い、ニューカッスル城跡地に三体の鉄像が立ち尽くしていた。 しばらくすると、鉄像が徐々に元の姿に戻っていった。 「驚きましたね。」 「ああ、まさかワルドが自爆するとは・・・」 「そうじゃなくて、あれほどの大爆発の中で生き残った事に驚いたんですよ。」 あの時、マホカンタでは間に合わぬと判断したメディルが鋼鉄変化呪文・アストロンを唱えたお陰だった。 後、0.1秒判断が遅ければマホカンタを使用しているメディルはともかく、他の二人は城の者と運命を共にしたであろう。 「あれは自爆ではない・・・恐らく何者かに爆破させられたのだろう。」 「では、ワルドの他に文と私の命を狙う刺客がいたと?」 「そう考えるのが妥当だろう。傭兵や山賊の一件と言い、奴一人で全てをやったとは思えぬ。」 「とにかく、ここを離れましょう。その刺客が確認に来るかもしれません。」 「さっきも言ったが、僕はここで死ぬ。だから君たちは・・・」 ウェールズは台詞を言い終わることができなかった。 背後から突き出された槍に、心臓を貫かれ、断末魔すらあげる事の出来ぬまま即死したからだ。 「念の為来てみれば・・・道連れにすら出来ぬとは、つくづく役に立たぬ男だ・・・」 槍の主が、得物を死体から引き抜く。そいつは傭兵と山賊を雇ったあの髑髏の騎乗兵だった。 すかさず、メディルが五指爆炎弾を見舞うが、華麗な槍捌きによって、全て弾かれた。 「いきなり、メラゾーマ5発とは随分な挨拶じゃないか。」 「貴様が、もう一人の刺客か。」 「いかにも。呪いのかかった金貨で傭兵と山賊をけしかけたのはこの私だ。」 「よくも、皇太子を・・・!!」 ルイズが失敗魔法を放とうとするのを、メディルが制す。 「止せ。お前の適う相手ではない。」 メディルは無意識のうちに悟った。間違いなくこいつはワルドより格上。 1体1ならともかく、主を守りながら勝てるかどうかは五分五分だった。 「そうそう。私はたださっき吹っ飛んだ役立たずの尻拭いに来ただけなんだ。そしてそれはもう済んだ。 私が君たちと戦う理由は無い。」 「文はどうする?」 「さっき、上層部から連絡があってねぇ。もう文は要らぬと仰りだ。」 「ほう。」 「まあ、私自身が戦う理由は無い・・・だけだがね。」 言われて、メディルはようやく気づいた。いつの間にか周囲が紫色の霧に覆われ、そこから骸の兵士や 中身の無い血まみれの甲冑の群れが這い出してきていることに。 「我が名は死神君主・グレートライドン。冥土の土産に、覚えておいてくれたまえ・・・」 それだけ言い残して、グレートライドンの姿は消えた。 「どうするメディル?」 「この霧、恐らくこの近くで冥界の入り口が開いたのだろう。」 「それって・・・」 「恐らくこの亡者どもは無限に湧いて出るはず。相手にするだけ無駄だ。」 「じゃあ・・・」 「答えは一つ。ルーラ!」 しかし、不思議な力でかき消された。 「やはりそう甘くは無いか。・・・なんてな。」 メディルは手近な魔物にマホカンタをかけた。 「ルイズ、皇太子の死体と私の服の裾を掴め、早く!!」 「わ、わかった。」 言われるがままにするルイズ。 「生憎、着地がうまく行くかどうかは運次第だ。バシルーラ!!」 先程の魔物にかけたバシルーラが、跳ね返ってくる。 その結果、三人はニューカッスル城跡を脱出することに成功したのだが。 「この後はどうするの!!?」 「柔らかい場所か、海上か、その辺飛んでる船の上に落ちることを祈るしかない。ルーラはまだ発動できないんだ。」 「いやあああああああああああ!!!」ルイズの絶叫がアルビオン領空に木霊した。 ルイズ達が一生に一度しかしないであろう、スカイダイビングをしている頃、 アルビオン大陸軍港施設・ロサイスの一室に司祭姿の細い男が玉座に座っていた。 「閣下。」 馬に乗った死神君主が、その男の元へやってきた。 「君か。皇太子はどうした。」 「心臓を一突きに。他2名は取り逃がしましたが・・・」 「冥府の入り口まで開いておきながら・・・か?」 「あのメディルと言う男・・・かなりの切れ者のようで・・・」 「そうか。それにしても、子爵で作った花火は美しかったな。遠くからでも良く見えたよ。」 「皇太子一人吹き飛ばせない、完全な娯楽専用の花火でしたがね。」 「まあ、あれだけ綺麗ならあのお方も満足なさるだろう。それより・・・」 「分かっております。その準備を兼ねて、この世とあの世を繋げたのですから。」 「楽しみだな。トリステインが血と炎に染まる日が。」 「全く持ってその通りで。制圧の暁には閣下はまず何をなさるおつもりで?」 「・・・トリステインにはそれは美しい姫がいるという。ぜひ一度食したいと思っていたのだ。」 「相変わらずですね。百人もの美女を食べておきながら・・・」 ルイズ達は幸運にも、トリステイン国近海に不時着(落下直前、メディルが硬化呪文スクルトを連発し衝撃を和らげた)した。 彼曰く、岩場などの硬い場所ではアストロンを使う予定だったとの事。 事ここに至って、ようやくルーラが使用可能となり、ルイズ達は海水と海藻にまみれたまま、 死体を引っさげて姫に謁見と言う、トリステイン始まって以来の暴挙を成し遂げた。 死体を見せ、事の仔細を説明すると、姫は壊れたかのように号泣し、天もまた、惜しみない涙を流した。 1時間ほど泣いただろうか。ようやく涙の収まったアンリエッタが言った。 「ごめんなさい・・・つい取り乱してしまって・・・手紙奪還の件、有難うございます。 褒美にそなたが望むがままの地位を与えましょう。皇太子の遺体はわが国で手厚く葬ることに・・・」 「とんでもない。私はただ、友人の頼みを聞いたに過ぎません。」 「僭越ながら、姫様に申し上げたい義がございます。」 「何でしょう。」 「姫様はゲルマニアに嫁ぐべきではありません。」 「何故ですか?」 「最愛の男が目の前にいるのに、何故ですか?はないんじゃないか、アンリエッタ。」 ルイズとアンリエッタ、メディル以外は聞き覚えの無い声に、その場にいる者は皆振り向き、目を見開いた。 確かに死んだはずのウェールズ皇太子が立って喋れば誰でもそうしたであろう。 「どどど、どういう事!!?」 「どうもこうも無い。私の魔法で生き返らせたのだ。」 「だって、あれは・・・」 「一部を除き人は無理。確かに私はそう言った。しかし、幸運にもウェールズはその一部だったのだ。」 「一部の人間ってどういう定義で決まるの?」 「黄泉の国から舞い戻るほどの強い意志、または神や精霊などの何らかの助力。 どちらかを持ち合わせた者のみは蘇生が可能だ。」 「でも、いつの間に・・・もっと早く復活させたって・・・」 「愛しの姫の前に来れば、皇太子の死の淵から生還しようとする意志は強くなるだろうし、 敵には皇太子が死んだと思ってもらったほうが好都合だ。 そう判断し、王室へ戻り次第蘇生を行うはずだったのだが、姫が泣き出したお陰で、 タイミングを逃し、30分待っても泣き止む気配が無いので、復活させたが、 皆姫に気を取られていて気が付かなかった。で、今ここに至るわけだ。」 「ミスタ・メディル、その術で、我が王党派の者達の復活を依頼したいのだが・・・」 「残念だがそれは無理だ。あの爆発で全員、跡形も無く消滅してしまったし。時間も経ちすぎた。 灰や消し炭となった者、死後一時間以上経った人間はいかに私とて救えない。前述の助力を持つ者は時間に関係なく死体と意志さえあれば蘇生出来るが、 残念ながら、あの城の者達にそういう物は感じられなかった。 あの城の者達の毛髪でも肉片でもいいから、死体の一部があれば姫が泣き止む前に蘇生出来たかもしれぬのだが・・・」 「そうか・・・やはり叶わぬ願いだったか・・・」 「でも、良かったですね。姫様。」 「ええ・・・でも・・・」 「なりませぬぞ、姫!」 突如口を挟んだのは民から鳥の骨と呼ばれているマザリーニ枢機卿であった。 「一通の手紙でさえ、危うく国を危機に貶める所だったのに、事もあろうに・・・」 「この場の全員が口を閉ざし、皇太子は外部から見えぬ所で・・・ たとえば地下牢や隠し部屋で生活していただく。これならばどうと言うことはあるまい。」 「ききき、貴様。一国の姫に、不倫しろとでも言うつもりか!!?」 「敵から身を隠すためとはいえ、地下牢は勘弁してもらいたいな。」 「不倫しろといった覚えは無いし、さほど長い時間隠れていろという訳でもない。」 「どういう事?」 「間もなく、レコン・キスタが攻め込んでくるだろう。そもそも政略結婚の発端は奴らを倒すため、 同盟を結ぶしかなかったから。逆に言えば、奴らを倒せば晴れて堂々と結婚できると言うわけだ。」 「そんな簡単に倒せるわけが・・・」 「私なら倒せる。否、倒して見せる。」 「枢機卿殿、彼は緻密な策を用い、ワルド子爵を死闘の末、打ち負かしたのです。」 「他にも城一つ吹き飛ばす爆発から守る術を使ったり、凄まじい嵐を吹き飛ばしたり・・・ 正に彼の実力は桁外れです。国一つと戦わせても決して引けをとらぬはずです。」 「マザリーニ。私からも頼みます。私の友人とその使い魔を信じてやってはくれませぬか?」 使い魔、公爵の娘、皇太子、そして主君の眼差しに流石の枢機卿も折れた。 「では即刻、軍議に移るとしましょう。」とウェールズが切り出す。 「そうですな。敵の兵力は?」とマザリーニ。 「少なくとも5万。しかし、トリステイン侵攻の際はさらに多くの兵を率いてくるでしょう。」 「我が国の兵では太刀打ちできぬ。メディル殿に頼るしかないか・・・」 「ルイズ、ミスタ・メディル。ちょっと・・・」 二人は君主に言われるがままに、一冊の書の前に来た。 「これは始祖の祈祷書。指輪を嵌めた特定の者のみ、読めると言われています。メディル、あなたのルーンは始祖ブリミルの使い魔の物。 すなわちルイズ、あなたは始祖の使い魔の後継者を呼び出したと言えるのです。」 「なるほど。そのルイズならその書を読めるかも知れぬと。」 「はい。ミスタ・メディルの力を疑うわけではありませんが、保険は多いに越したことはありません。 あわよくば、この書にはこの戦を左右することが記されているかもしれないのです。」 「わかりました。」 返事と共に、書を手に取り、ゆっくりと読み上げるルイズ。その手には水のルビーが嵌められていた。 現段階で祈祷書から得られた情報はルイズが失われた虚無の使い手であり、彼女の爆発は失敗ではなく 虚無の初歩の術・爆発によるものであったこと。 そしてルイズは初歩の魔法『爆発』を覚えた。 「それはさておき、この度女王陛下のお耳に入れておきたいことが。」 「何ですか?」 「実は―」 「何と、そのような。」 「従わぬようなら国家反逆罪で処刑すればいいでしょう。」 「しかし、それは・・・」 「私も黙ってやるつもりでしたが、姫様の仰った通り、準備は多いに越したことはありません。」 「・・・分かりました。後ほど部隊を派遣します。」 「さて、これでお前と私はこの国の命運を左右する存在となったわけだ。」 「そんな・・・」事の重大さに、流石のルイズも腰が引けているようだ。 「人間とは死ぬ気になれば、誰かの為ならば、我ら魔族にも勝ることがある・・・認めたくは無いがな・・・」 その時ルイズは、使い魔の仮面の中に切なげな表情を見た気がした。 「ごめんなさい・・・」 「・・・謝る事は無い。お前が魔王様を殺したわけではないし、そもそも先に手を出したのは我らだ。 予想外の結果に終わったとは言え、戦と言うものの真理だと割り切っている。」 以前の自分では到底考えられぬ言葉に、彼は少しだけ自分の変化を自覚した。 ―ここへ来てまだ、数日しか経っていないと言うのに、随分といろんな目にあい、丸くなったものだ。我ながら。 前ページ/ゼロの使い/次ページ
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前ページ次ページ蒼い使い魔 やがてシルフィードがトリステインの王宮へとたどり着く、 場合が場合なだけに直接降下し、王宮の中へと進もうとすると、 多数の兵士たちがレイピアのような杖を構えルイズ達を取り囲んだ。 「杖と剣を捨てろ!!」 隊長らしい顔付きの男が警告を放つ、 国運を左右する重要な密命を完遂したにもかかわらず、少々残念な凱旋の出迎えである、 全員むっとした表情に変わる。 「宮廷」 タバサが呟き、杖を投げる。他のみなはしぶしぶ頷き、手にしていた杖を地面にへと放り投げた。―ただ一人を除いては 「今現在王宮の上空は飛行禁止だ!ふれを知らんのか?」 すると、ルイズがシルフィードから飛び降りて、毅然とした態度でそれに応える。 「わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです!姫殿下に取り次ぎ願いたいわ!」 向こうの隊長が、自慢であろう口髭をひねってルイズを見つめる。本当かどうか判断しているようだった。 隊長がとりあえず掲げた杖を下ろす。 「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」 「いかにも」 隊長の男はルイズの目をじっと見据える。 「ふむ、なるほど、見れば目元が母君にそっくりだ。して、要件を伺おうか?」 「それは言えません。密命なのです」とルイズは首を振った。 「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。要件も尋ねずに取り次いだ日にはこちらの首が飛ぶからな」 困った口調で隊長は応える。 「では、今すぐに首を飛ばしてやる、それが嫌なら道を開けろ」 中庭に冷たい声が響く、兵士たちがその方向をみると いつの間にかバージルがシルフィードから降り、閻魔刀の刃を数サントほど押し上げて隊長を睨みつけていた。 「なんだとッ!?」 周囲を取り囲む兵士たちが一斉に杖を構える。 「ちょっと!何挑発してんのよ!お願いだからやめて!」 全員が必死にバージルを止める、なぜこの男はここまできて話をややこしくするのだろうか、ルイズが頭を抱えたその時 「ルイズ!」 驚きと嬉しさが込められた叫び声が中庭に響き渡った。 皆がその叫び主の方を向くと、鮮やかな紫色のマントとローブを羽織った人物――アンリエッタ王女がこちらに駆け寄って来た。 「姫さま!」 ルイズの顔が嬉しさ一杯に溢れ変えり、こちらもまた駆け寄る。 二人は、中庭にいる全員が見守る中、ひしと抱き合った。 「ああ、無事に帰ってきてくれたのね。うれしいわ。ルイズ……」 「姫さま」 あまりの嬉しさに、ぽろりとルイズの目から涙が零れた。 「件の手紙は、無事、このとおりでございます」 アンリエッタの表情が明るくなり、ルイズの手をかたく握り締める。 「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」 「もったいないお言葉です。姫さま」 アンリエッタはシルフィードに乗っている人達を見渡す。そこにウェールズの姿がいない事を知ると、顔を曇らせる。 「やはり……ウェールズさまは父王に殉じたのですね」 はい……、とルイズは顔を俯かせて小さく答えた。 「……して、ワルド子爵は?姿が見えませんが。別行動をとっているのかしら?」 「それは…ここでは…」 ルイズの表情が曇る、あまり言いたくないのと、下手に口にしてこの場に混乱をもたらすのも避けるべきと考え周囲を見る。 アンリエッタは、魔法衛士隊の面々がこちらを見つめている事に気付いた。 「彼らはわたくしの客人ですわ。隊長どの」 「さようですか、失礼いたしました」 アンリエッタに説明された隊長は、今までの態度とは一変、杖を収めて、隊員達を促し、この場から去っていった。 アンリエッタは、再びルイズの方を向くと、 「とにかくわたくしの部屋でお話しましょう。他のかたがたは別室でお休みになってください」 アンリエッタの居間にルイズとバージルが入る、 そこで、ルイズはアンリエッタにことの次第を報告し始めた。 もちろんワルドが裏切ってウェールズを殺害した事もはっきりと言った。 裏切り者であるワルドはバージルにより処刑され、手紙は奪われずにこの手に取り戻した。 反乱軍である『レコン・キスタ』の野望はつまずき、こちらの任務は成功し、平和な時間がもどったのだ、 だが、アンリエッタは悲しみの表情で一杯だった。 「奴は…勇敢に戦って死んだ。確かに伝えた」 バージルが初めて口を開く、そこまで言うとさっさと退室していった。 「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。わが国はゲルマニアと無事同盟を結ぶことができるでしょう。 あなたのおかげで、危機は去り、平和な時間に戻りました。ありがとう、ルイズ」 バージルが退室してしばらくの後、 アンリエッタは無理矢理にでも明るい声を出した。いつまでも落ち込んではいけないと考えたのだろう。 その後、ワンテンポ置いて、ルイズはポケットから水のルビーと風のルビーを取り出した。 「姫さま、これをお返しします」 「これは、風のルビーではありませんか。ウェールズ皇太子から預かってきたのですか?」 「はい、姫様にお渡しするようにと」 アンリエッタは早速風のルビーを手に取り指に通す。ウェールズがはめていたものなので、アンリエッタの指にはゆるゆるだった。 しかし、小さく呪文を紡ぐと、あっという間に指輪のリングの部分がぴたりとおさまった。 アンリエッタは、風のルビーを愛おしそうになで、はにかんだように笑むと水のルビーをルイズに手渡す、 「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」 「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」 「忠誠には、報いるところがなければなりません。いいから、とっておきなさいな」 アンリエッタの言葉に折れたのか、ルイズは頷くとそれを指にはめた。 場所は変わりアルビオン、ニューカッスル、 死体と瓦礫が散乱する戦場の跡を、聖職者然とした服装の三十代の男が歩いている。 その冴えない聖職者にしか見えないその男こそ、『レコン・キスタ』の指導者にして神聖アルビオン帝国皇帝、オリヴァー・クロムウェルであった。 クロムウェルは礼拝堂へたどり着くと言葉を失う、 そこは一面赤黒く変色した血の海と化し腐臭が漂っている、礼拝堂というより、地獄を連想させる。 「これは…」 思わずそう呟きながら礼拝堂内へと足を踏み入れる、 ここにあったウェールズの遺体はすでに回収し『アンドバリの指輪』の力で蘇生させた、ワルド子爵がしくじり 虚無の娘と手紙を入手することができなかったのが残念だが、すべては順調だ。 「しかし…ワルド子爵を失ったのは少々痛手だな…」 クロムウェルはそう呟きながら始祖像を見上げる。 すると、崩れ落ちた天井の穴から威厳あふれる声が響く。 天には三つの赤い目が輝きクロムウェルを見下ろしていた。 「クロムウェルよ…」 その言葉を聞き慌てたようにクロムウェルが片膝をつく。 「これはこれは…ムンドゥス様…」 「聖地の奪還、どうなっている」 「はっ、我が『レコン・キスタ』はアルビオン王国を陥落させ、拠点を得ることができました。 ウェールズ皇太子も我らが手中にございます」 「そうか、ではこのまま貴様に一任する」 「全身全霊をもってお受けいたします。して、スパーダの血族はいかがいたしましょうか、 情報によれば虚無の担い手の使い魔として召喚されたとか…」 「今は捨て置け、貴様らがいくら束になろうと死体の山が築かれるだけだ。 我が力は完全には復活してはおらぬ。こうして貴様と話すにも時空が安定しない。 故に未だ少数の悪魔しかそちらへ送ることはできぬ。」 「はっ…」 「何、いずれ奴は我が元へ、魔界へ来る…自らの意思でな…」 「…」 「クロムウェル」 「はっ…」 「一人だが、兵をくれてやる、どう使うかは貴様の自由だ」 「ははっ!ありがたき幸せ!」 ムンドゥスはそう言うと、礼拝堂内部が揺れ始める。 すると周囲の血が一か所に集まり人の形を作る、 やがてそれは一人の長身の男を生み出した、 クロムウェルはその姿を見て驚愕の表情を浮かべる。 男はそんなクロムウェルに気さくな笑顔で話しかける。 「ごきげんよう陛下」 「ワルド子爵…君なのか…?」 クロムウェルは恐る恐る目の前の男―ワルドに話しかける。 「えぇ、私です陛下。ムンドゥス様のおかげでこれほどまでに素晴らしい力を手に入れることができました」 そうにこやかに言うと、詠唱もせずに、自身の一部を雷に変えた。 呆気にとられるクロムウェルにムンドゥスは続ける。 「この場の血に残る全ての魔力を再結晶しその男を作り直した。貴様等のいうメイジ十数人分の魔力をその男は持っている。 一人だが、人間よりは役に立つだろう」 そう言うと、天に浮かぶ三つの眼が消え始める。 「クロムウェル、必ずや聖地を奪還するのだ、さすれば我が魔界はこの世界に本格介入することができる…失敗は許さん」 「ははっ!必ずや聖地を奪還してご覧にいれます!」 その言葉に我に返ったクロムウェルは急ぎムンドゥスに膝をつく。 空は元の青空へともどっていた。 場面はまたも変わりトリステイン 魔法学院へと戻った次の朝からルイズの行動が変わった。 召喚されて数週間バージルもここの生活に慣れたのか使い魔、というより使用人の仕事を放棄していた。 今まではそれに対しルイズはわめき散らしていたのだが、この日に限って何も言わない。 自分のことは全て自分でするようになったのだ。 着替えも、普段はバージルが目の前にいようがお構いなく着替えていたのだが、 なぜか顔を真っ赤にしバージルに外へ出て行くように言いだした。 断る理由もないのでバージルは外へ出る。そんなバージルにデルフが話しかけた。 「おいおい、相棒、もしかしてもしかしちゃったりするんじゃないの~?」 「…?」 「気づいてるくせに~このぉ憎いねぇ」 「…??何を言ってるんだお前は?」 本当になんのことだかわからないといった表情でバージルはデルフに尋ねる、 「…相棒…もうちょっと女を勉強しろ」 デルフが心底呆れたように溜息を吐いた。 授業が始まる前、ルイズの周りにはクラスメイトで一杯であった。 この数日間、何かとんでもない冒険をして凄い手柄を立てたらしい、との噂が今一番の話題であった。 裏付け証拠に、魔法衛士隊の隊長と出発するところを何人かの生徒たちが見ていたのである。 何かがあるに違いない。そう思ったクラスメイトたちは聞きたくてしょうがなかった。 バージルに聞こうにも纏う雰囲気が怖すぎて近づけない。ゆえに矛先がルイズに向いたのだった。 「ねえルイズ、あなたたち、授業を休んでどこに行っていたの?」 クラスの代表者として話しかけてきたのは、香水のモンモランシーであった。 ルイズは澄ました顔で答える。 「なんでもないわ。ちょっとオスマン氏に頼まれたの、王宮までお使いに行ってただけよ。ギーシュ、キュルケ、タバサ、そうよね」 タバサは黙々と本を読み、キュルケは「ま、そんなとこよ」と適当に流した。 ギーシュは「そうそう、そんなとこだよ」となんだか話したくて仕方ないといった顔でうなずく、 事前にルイズにより「バラしたら姫様に報告するわよ」と釘を刺され、言うに言えない状況なのだ。 テンションがすっかり落ちたクラスメイト達は、やめだやめだといった感じに自分の席へと戻っていく。 ルイズの言動に腹を立てた人もいたらしく、負け惜しみを吐き捨てた。 「どうせ、たいしたことじゃねーよな」 「そうよね、ゼロのルイズだもん。魔法のできないあの子に何か大きな手柄が立てられるなんて思えないわ! フーケを捕まえたのだって、きっと偶然よ、あの使い魔が一人で倒しちゃったんじゃないの?」 モンモランシーが嫌味ったらしく言った。 流石のルイズにもこれにはカチンときた。しかし、実際活躍していないのも事実である。 ぎゅっと唇を悔しそうに噛み締めるが、何も言い返せなかった。 一方バージルはその日の授業は出ずに、図書館へと足を運んだ 誰もいない一角にたどり着くと、静かにデルフを引き抜く、 「さて、親父の…スパーダの事を話してもらおう」 「あぁ、そういやそうだったな。その前にちと訪ねたいんだが、 お前さんはこの世界の宗教…始祖ブリミルについてどのくらい知ってる?」 「宗教に縁はない、が少々聞いたことがある」 「どんなことだい?」 「強大な虚無の魔法を操っていたこと、それと、俺のこのルーンを含め4人の使い魔がいたことぐらいだ」 「何を目指したか、ってのは知らないんだな?んじゃ、そこの本棚からブリミルの伝説をちと探してみろ」 「…これか」 そう言いながら一冊の本を手に取りページをめくる、 「もうちょい先だ、あぁ、そこそこ、聖地の所だ」 デルフが止めたところを静かに読む。 そこには4人の使い魔を従え聖地を目指し旅をしたものの先住魔法を操るエルフ達により阻まれてしまい、 ついには聖地にたどり着くことができなかった、と書かれていた…… 「これがどうした?まさかスパーダがブリミルとやらの使い魔だった、とでも?」 「まさか、その逆さ。 スパーダはブリミルに敵対していたんだ」 「何だと?」 「そのままの意味さ、その本…というよりほぼ全ての歴史書にはエルフによって阻まれた、とあるが事実はそうじゃない。 エルフは特に問題にはならなかったのさ、ちゃんと聖地にはたどり着けたんだ。なんで知ってるかって? 実はな、初代のガンダールヴが握っていた剣は何を隠そう俺っちなんだぜ!」 自慢そうにデルフは語り始める。 「………」 「でだ、その聖地で待っていたのが、一人の魔剣士、スパーダだった。そいつが言うにはこの先には進んではならないと警告してきたんだ。 もちろんここまで来て引き下がるわけにはいかないさ、ブリミルと4人の使い魔はスパーダと戦った」 「(親父が…この世界に…?)それで…?どうなった」 「完敗だったよ、ぐうの音も出ないほどな。笑っちまうほど強かったぜ? ブリミル含め、全員が剣の一薙ぎで20メイルほど吹っ飛ばされた時は茫然としちまったよ、 つーか戦ってる途中マジで折れるかと思ったぐらいさ」 「…それが何故ここまで改変されている」 「認めたくないんだろうよ。 信仰するブリミル御一行がたった一人に、それも悪魔に、手も足も出なかったってのがね。 宗教ってものはそんなものさ、相棒の世界で何が信仰されてるかは知らないが、どれも似たようなもんなんじゃねぇの?」 そういうと愉快そうにカチカチとデルフが笑う、 「確かにな…だが、何故聖地にたどり着いたことまでも改変されている」 「それはだな…、スパーダの話だと、聖地の向こう側は魔界につながっているらしいんだ」 「何!?」 「スパーダは聖地の奥にある『地獄門』を守っていたらしい。開けちまったら大変だ、魔界と繋がっちまうってな」 「『地獄門』…」 「んで、ブリミルはそれを信じ、聖地を封印し後にした、ってのが本来の歴史だ」 「『レコン・キスタ』と呼ばれる連中が聖地奪還を目指すのは、何故だ? この本を見るに聖地にたどり着くことがブリミル教徒の目的と書かれているようだが」 「あぁ、大方ブリミルの弟子の中に魔に魅入られた奴がいたんだろう、 んで長い時間をかけ聖地奪還を浸透させたってとこだろ、ご苦労なこった。 あ、ちなみにこのことを人前で言うと異端で火刑だ、”気をつけろ”よ?」 デルフがカチカチと笑う。 「人は皆、潜在的に魔を恐れる…だがしばしば人は魔に魅入られ、恐れることなく闇の中を突き進む。 人間ってのは、おかしな生きものさ」 「話がつながった。礼を言う」 「いいってことよ!」 「(魔帝ムンドゥスの介入…聖地奪還を目指す『レコン・キスタ』…聖地の奥にある魔界に通じる『地獄門』…)」 線が繋がった。ワルドはまだ知らなかったようだが、裏で魔帝が手を引いている。 ハルケギニア支配などは本来の目的ではないのかもしれない。 この世界を征しようと・・・・・・ 若しくは自分を狙っているのか・・・・・・ 「面白い」 バージルはニヤリと笑う。 貴様が俺を追ってきているのならば、俺自ら貴様の首を取りに行ってやる。 バージルは決意を固める、必ずや魔界へ赴き、魔帝の首を取ると。 ガンダールヴのルーンですら永劫破ることはできないであろう強固な決意だった。 「しっかし皮肉だな。ブリミルの敵の息子が、ガンダールヴたぁね…」 踵を返し、図書館の出口へ向かうバージルにデルフが話しかける。 「…そうだな」 「んで、相棒、聖地へ行くのかい?」 「今すぐにでも行きたいところだが…情報がまだ足りんな。 それに…そこまでの道のりがわからん、多少なり路銀も必要になる。お前は何か覚えてないのか?」 「わりぃ、覚えてねぇな」 「まあ…期待してなかったがな」 「ひでぇな、ま、気長に情報を集めりゃいいさ…。お、ありゃタバサじゃねぇか」 バージルが視線を向けると、タバサがこちらに向かって歩いてきた。 「本、読めた?」 タバサはバージルに話しかける 「お前のおかげで読み書きも問題ない、礼を言う」 そう言うと図書館の外へ向かうバージルに、 タバサが話しかける。 「タバサ」 急に自分の名前を言い出したタバサにバージルは振り向き怪訝な顔をする。 「知ってるが…急に何だ?」 「呼んで」 何を言い出すかと思えば、そんなことか、とバージルは軽く鼻をならす。 「次に呼ぶことがあればな…」 そう言いながらバージルは振り向かず歩き去った。 タバサはどこか嬉しそうな表情を浮かべ(それこそよく見ないと分からないが) どことなく軽い足取りで図書館の奥へと消えていった。 バージルが部屋へと戻ると、ルイズのベットの前に シーツを天井から吊り下げた簡単なカーテンが出来上がっていた。 その中でルイズが着がえをしているのだろう、ガサゴソと音が聞こえてくる。 それを特に気にするわけでもなく、椅子に腰かけ図書館からこっそり頂戴してきた本を読み始める。 そうしている間に、カーテンが外され、ネグリジェ姿のルイズが顔をだした。 「あら?帰ってきてたのね?一日見なかったけどどこいってたのよ」 それに答えることもなくバージルは読書に耽る。 邪魔しちゃ悪いと思ったのか、ルイズはそのままベッドの上からバージルを見ていた。 やがて消灯時間となり、ルイズが声をかける 「そろそろ寝るわよ、明かりを消すわ」 その言葉とともにバージルがパタンと本を閉じる、 それを確認したルイズが杖を振り机の上の明かりを消し、ベッドに横になった。 バージルはそのまま脚と腕を組み、目を閉じる、バージルの寝床はたいていはこの椅子となっていた。 明かりが消え数秒後、ルイズががばっ!とシーツごと身を起こし、バージルに声をかける。 「ね、ねぇ、バージル?」 「…なんだ」 目を開け短く答える しばらくの沈黙、ルイズは顔を赤くして言いにくそうにしているのだが、バージルは気がつかない。 「用がないなら呼ぶな」 にべもなくそう言うと再び目をつむってしまった。 「えと、その……いつまでも、椅子ってのはあんまり…よね。だ…だから……その、ベッドで寝てもいいわよ?」 「断る」 鞘に収まった刀が抜刀されるがごとく、一瞬で答えが返ってきた。 「なっ…なんでよ…?別にかまわないのよ?」 あまりの速度にルイズは思わず肩をずるっと落とした。 「気遣いは要らん。最早慣れた」 「そ、そう?なら別に構わないわ…」 ルイズはおとなしく再びベッドに横たわる。 「(今さら…か…もう少し早くなら…)」 そう考えながらルイズが声をかける 「ごめんね、私なんかが召喚しちゃって」 「お前には命を救われた。そのことには一応感謝している」 「一応って何よ…」 「俺は、いずれ魔界へ行く」 バージルの口から飛び出してきた言葉に再びガバっと起き上がる。 「何ですって?」 「魔界へ行き、魔帝を討つ。そのために救われた命だ、お前には感謝している」 「何よそれ…」 思わずルイズが呟く、バージルが魔界へ?手も届かないほど遠くへ行ってしまう? そう考えると急に胸が苦しくなり、鼓動が速くなる。 「ダメダメダメダメ!!絶対ダメ!!」 突如頭を横に振り叫び出すルイズに静かにバージルは視線を向ける。 「何故だ?」 「なんでも絶対ダメ!魔界に行くなんて!そんなの絶対認めないんだから!」 「まだかかる時間も方法もわからんのに、気の早い女だ…」 「そんなの関係ない!あんたは私の使い魔だもん!絶対遠くになんか行かせないから!」 半ば涙声になって叫ぶルイズをあきれるようにバージルが見つめる。 「俺の命だ、好きに使わせてもらう」 そうあっさり言うと再び目を閉じる。 その言葉を聞いたルイズが枕を投げつける、それを片手で受け止める。 「あんたもウェールズ殿下と同じよ!残される人の気持ちをなんで考えないの!?」 「…知らんな。考える必要があるのか?」 そういいながら枕を投げ返す、 「ばかっ!ばかっ!ばかばかばか!大ありよ!このばか!」 自分のもとにもどってきた枕を叩きながら叫ぶ、 「理解出来ん。もう眠れ」 「もう!このわからずや!とにかく絶対行かせないんだから!」 そう言いながら頭からシーツをかぶり泣き出してしまった。 「くだらん…」 バージルは静かに呟くと、静かに目を閉じた。 前ページ次ページ蒼い使い魔
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虚無の曜日。 この休日を魔法学院の生徒達はそれぞれ思い思いに使っている。 キュルケはもちろんデートの予定だし、タバサは静かに読書ができればいい。 ルイズはというとトリステインの城下町目指して馬で草原を駆けていた。 正確には使い魔を引き連れているのだが、ブラック・サバスは馬の影に入り込んでいるため姿が見えない。 道中会話をするわけでもないので、片道3時間の道のりは実質一人旅のようなものだ。 城下町でルイズはブラック・サバスに何かを買ってやるつもりだった。 モンモランシーに言われたからではないが、ブラック・サバスの力はあまり回りに見せるべきではないと思うようになっていた。 そこで、それなりの武器を渡しておけば、あの力に頼らなくてもいいのではないかという考えに至ったのだ。 もちろんヘタに危険物を渡して、また面倒ごとが増えるのではないかという懸念もある。 だが、最近のブラック・サバスは使い魔としての意識が芽生え始めたためか、ルイズの影にいることが多くなっていた。 授業にも、食堂にもついてくる。ただし何も食べようとしないが。 朝起こしたり、着替えを手伝ったり、掃除をしたりはしないが、洗濯だけは謎の使命感を持って毎日毎日している。 これはどうやらシエスタがいつも手伝ってくれているらしい。 シエスタは洗濯自体を手伝うだけでなく、ブラック・サバスが通れない道があったら自分の影に入れてやったりもしてくれているそうだ。 その事についてシエスタに礼を言ったら、自分も楽しんでやっているので気にしないでと言われた。 最近はブラック・サバスとも会話が弾むらしい。 と言っても一方的に話しかけるだけだが、それでも最初のときのような重苦しい雰囲気は感じないそうだ。 それはルイズも感じていた。何より最近はあのワンパターンのやり取りも減ってきている。 ……結局何が言いたいかというと、今のブラック・サバスになら武器を持たしてもそれほど危険ではないと判断したのだ。 トリステイン城下町に入る少し前でルイズは馬から下りた。 「サバス」 その呼び声に反応して、ルイズの影からニュッとブラック・サバスが現れる。 「ここからは歩いていくから。他の人の影とかに付いて行ったりしたらダメだからね!」 ルイズが腰に手をあて、まるで子供に対するようにブラック・サバスに注意事項を聞かせる。 「スリも多いからね。…………あんた財布は大丈夫?」 そう尋ねるとブラック・サバスは口を大きく開き、その中をルイズが見えるように向ける。 たしかにその中には、金貨が詰まって膨らんだ財布が入っているのが分かる。 それを確認したルイズは機嫌よさそうに笑った。 ピンクの髪の美少女と黒づくめの亜人のコンビは大通りでも目立つ存在だった。 ブラック・サバスからの妙な威圧感からか、通行人が避けて歩き、ルイズ達は目的の武器屋まで割とすぐに到着した。 薄暗い店の奥にいた親父はルイズが貴族だと気づくと、くわえていたパイプを離した。 「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられることなんかこれっぽちも」 それを聞いたルイズはブラック・サバスを指差す。 「客よ。使い魔に武器を買いに来たの」 「忘れておりました。最近は『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊も暴れてるって噂ですし、下僕にまで剣を持たせるのも当然ですね」 ルイズはそこらへんの話は適当に聞き流し、ブラック・サバスの方を見る。 店の中が暗いため、今はルイズの影から出て店内を物色している。 「サバス。店の奥に行ったらダメだからね」 ルイズは改めて店主の方を向き尋ねた。 「『矢』とかないかしら。弓はいらないんだけど」 ルイズはブラック・サバスに合う武器はなんだろうと考え、口から剣を飛ばすよりも、矢のほうが様になるという結論に至っていた。 しかし、店主は首を横に振る。 「スイヤセン。あいにく矢も弓も置いておりやせんが……これなんかいかがです」 実際は店の奥に弓も矢も置いてあったが、せっかく世間知らずの貴族の娘が来たのだ。 鴨がネギをしょってきたとはまさにこのこと。店主は見栄えはいいだけで、使い物にならない剣を持ってきた。 「剣ですが。これなんかいかがです?」 店主の出してきた剣はまさに豪華絢爛。鋭く光る銀色がまぶしい。 「なかなかよさそうね。サバスこれにする?」 ルイズは一目見た瞬間から、その美しさに目を奪われていた。 だが一応使う本人であるブラック・サバスにも聞いておこうと、後ろを向いた。 「離しやがれ!この陰気臭えヤローが!」 急に聞こえた罵声に驚く。その声はブラック・サバスの方から聞こえてくるが、そのしゃべり方も声色も全く違う。 「離せって言ってんだろ!人間以外に使われる気はねー!」 その声はブラック・サバスが掴んでいる一振りの剣から発せられていた。 「やい!デル公!お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」 「デル公?……もしかしてこの剣インテリジェンスソード?」 ルイズは珍しそうにその剣を眺めた。珍しいと言えば、ブラック・サバスも興味深げにジロジロとその剣を見つめている。 「フ~ン確かに珍しいけど。どうせ使うならこっちの綺麗なほうがいいでしょ」 そう言ってルイズは再び店主が持ってきた、豪華な剣を手に持ってみる。 「は!上等だ!テメーらみてーな奴らに使われるなんて、こっちから願い下げだ…………ん?」 急に罵声が止まる。剣はブラック・サバスとしばらく見詰め合った後、口を開いた。 「おでれーた。見損なってた。てめ、使い……え、ちょっなにす……………………アッー!」 「ちょっと!サバスーー!ストップ!出しなさい!そんなの食べたら腹壊すわよ!」 ルイズはブラック・サバスが、デル公と呼ばれた剣を口の中に押し込んでいくのを見て、慌てて止めに入る。 刃の先端から入っていき、もうすでに顔の部分と思しき場所まで飲み込まれつつある。 サバスは動きを止めルイズのほうを見る。 ルイズは口の中に手を突っ込み柄をしっかり握ると、ブラック・サバスに。 「なによ!こんなのやめときなさい!もっといい剣買ってあげるから!」 「いやあ!やめてえ!他のもっといい剣買ってあげてェ!俺はいやだああ!」 口の中から悲鳴が聞こえる。ルイズは少しその悲鳴を聞いていたが、無視して再びサバスの方を見る。 「…………」 「…………」 「あっちのほうが綺麗よ。あっちにしときなさい」 「…………」 「口の中でしゃべられたら、きっとうるさいわよ」 「…………」 「…………これを気に入ったの?」 サバスがルイズの顔を見つめる。 ゴクリと唾を飲み込む音が口の中から聞こえる。恐らくインテリジェンスソードのだろう。 ブラック・サバスはこくりとうなずいた。 ルイズは溜息をひとつついて、柄から手を離した。 再び剣は口の中へと吸い込まれていく。 「ぎゃあー!!たぁすぅけぇ…………」 断末魔の叫びも聞こえなくなったところでルイズは店主の方へ振り向いた。 あっけにとられた顔をしてこちらを見ている店主に、ルイズは事も無げに伝えた。 「このインテリジェンスソード買うわ。おいくら?」 デルフリンガーGET! To Be Continued 。。。。?
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ハルゲキニア地方特有の朗らかな西南風が吹き抜け、人々に心地良い草花の香りを届けてくれる。 それが、普段のトリステイン王国立トリステイン魔法学院の姿だ。 しかし、今日ばかりは少し様子が違う。 今、トリステイン魔法学院を包んでいるのは不快な血の香りだった。 悪臭の原因を作り出した人物の横にいる青髪の少女――タバサは顔色一つ変えずに口を開いた。 「使い魔、どれにするの?」 「どれって言われても…」 原因である桃色髪の少女は、タバサの問いに上の空のまま答えた。 今、彼女等の前には、三つの物体が転がっている。 一つは、身の丈40メイルはあろうかという巨躯。俯せのまま微動だにしない。一応、人の形を為してはいるが、頭部から角の様なものが生え、おまけに躯全体が見るからに硬そうな紫色の甲殻に覆われている。 まるで、オーガ(鬼)だ。 もう一つは、そのオーガの、人で言うなら頚椎と思われる部分から噴き出した白い円筒状の【空飛ぶ棺桶】。 【空飛ぶ】とは、比喩でもなんでもない。実際に飛んだのだから、始末が悪いのだ。蒼炎を撒き散らしながら飛行し、最終的には、行き先を見失ったかのように、地面に突き刺さった。 そして、最後の一つが、その棺桶から、血生臭い黄色い液体と共に流れ落ちた少年だ。体のラインがわかるほどのタイトな青い衣を纏い、その髪には奇妙な装飾が施されている。 まあ、息をしてないので、正確には【少年の遺体】と言うべきだろう。 騒然とした雰囲気の中、淡々と流れる時間が、桃色髪の少女――ルイズの平静を取り戻した。 「あの、コルベール先生。出来れば、召喚をやり直したいんですけど…」 サモン・サーヴァントの行く末を見守っていた教師に、ルイズはすがるように懇願した。 「ミス・ヴァリエール。サモン・サーヴァントで呼びだした使い魔とは、必ずコントラクト・サーヴァントを行わなければならない。これは伝統に裏打ちされた決まりなんだ。例外は認められない。いや、しかし、三体もいるとなると…」 コルベールと呼ばれた教師は思わず首をかしげた。 一度のサモン・サーヴァントで召喚される使い魔は、通常、一体だけのはずで、三体も同時に出現するなどと言うことは有り得ない。 彼は今日に至るまで、サモン・サーヴァントに関する文献を数え切れないほど読んできたが、こんな例外はどこにも載っていなかった。 つまり、前代未聞だ。 しかし、困ったことに、目の前には前代未聞の事柄が転がりすぎている。 まず、少年の遺体。奇抜な服装はともかく、どこからどうみても人間だ。サモン・サーヴァントで人間が召喚されたことなど、今までに一度もない。 そして、空飛ぶ棺桶。 そもそもこいつは生命体なのだろうか。 極めつけは、巨大なオーガの様なもの。おそらく亜人の一種なのだろうが、こんな存在は見たことも聞いたこともない。 だいたいコントラクト・サーヴァントを行使できる対象は一体限りである。 すぐに答えを導き出せるような状況ではないことを察知したコールベールは、今の段階で最善と思われる指示をルイズに下した。 「ミス・ヴァリエール。この三体の中から、君の使い魔とする者を選びなさい」 冗談じゃない。 死体に棺桶にオーガ。 その内のどれであろうと、キスなんかできるもんか。 コントラクト・サーヴァント--召還した使い魔との主従契約を結ぶには、主人となる自身と使い魔となる対象との間に交わされるキスが必要なのである。 だからと言って、こんな得体の知れない不気味な存在共に生涯一度きりのファースト・キスを捧げてしまったら、一生もののトラウマになるのは間違いない。 そもそも、棺桶に至っては唇に当たる部分がどこにあるかもわからないのだ。まさか、少年の遺体を吐き出したあそこではあるまいな。 全くもって建設的ではない思考をルイズが行っていると、タバサが何かに気付いたようで、はっと目を見開いた。 「あの子、生きてる」 「へ?」 ルイズの間抜けな反応を無視し、少年の遺体を指差しながら、タバサは言葉を続けた。 「ルイズ。人口呼吸」 コルベールも事態を察したようで、すぐさまルイズを促した。 「ミス・ヴァリエール、心臓マッサージと治癒魔法は私が行うから、君は人口呼吸を」 「え?私?」 「貴方の使い魔」 タバサは、事態の飲み込めないルイズを突き放すように冷たく言い放った。 往生際の悪いルイズは最後の最後まで人口呼吸を拒んだ末、最終的には捨て身の覚悟で行った。数分後、ルイズとコルベールの献身的な蘇生活動により、少年は意識こそ取り戻してはいないが、なんとか息だけは吹き返した。 結局、この事柄が決め手となり、ルイズはその少年を使い魔に選んだ。 ルイズいわく。 ――もう、キスしちゃったんだから、一度も二度も変わんないわよ!! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ シンジが異世界に召喚されてから、一週間が過ぎた。 つまり、強制的にルイズの使い魔にされてから一週間が過ぎたということだ。 シンジが、トリステイン魔法学院の常識、風習、風俗にようやく順応し始めたと実感した矢先に、事件は起きた。 「すまんな、平民。僕はお前を殴らなくてはならない。殴らなくては…、気が済まないんだ…!」 金髪碧眼の少年--ギーシュは、シンジの左頬を渾身の力で殴打した後、たまらず尻餅を着いたシンジを見下すようにそう言い放った。 それは、もっともらしいと言えば非常にもっともらしい言葉だったし、理不尽と言えば非常に理不尽な言葉だった。 要するに、貴族の理屈なのだ。 この世界では、それまでシンジが生活していた環境には有り得ない常識が跋扈している。 端的に言えば、この世界には魔法使いが存在するのだ。彼等は空を飛んだり、石ころを実用的な金属に変えたりといったことを平然とやってのける。 しかし、この世界でも魔法を扱える人間は少数派のようだ。その為、メイジのほとんどが貴族階級にあり、魔法を使えない一般人は平民と位置づけられる。 魔法に裏打ちされた封建制度が成り立っているのだ。 つまり、魔法を使えないシンジはただの平民に過ぎないということになる。 残念ながら、【第三適合者】といった素養は全く役にたたない世界だった。 ギーシュはと言うと、ここトリステイン魔法学院の生徒、――つまり、魔法を扱う貴族である。 ちなみに、事件の発端をかい摘まむとこうだ。 シンジが、トリステイン魔法学院内にある【アルヴィースの食堂】の床に座り込み、いつも通りの粗末な朝食をもそもそと頂いていると、ルイズの二つ隣の席に座るギーシュのポケットから、硝子でできた小瓶が床に落ちたことに気付いた。 単なる厚意のつもりで、シンジはギーシュに言った。 「あの、何か落ちましたよ…」 しかし、ギーシュは振り向かない。気付いてないのだろうか。 仕方なく、シンジは小鬢を拾いあげ、ギーシュに差し出した。 「落とし物です」 しかし、ギーシュは苦々しげに、シンジを見つめると、その小瓶を押しやった。 「これはぼくのじゃない。君は何を言ってるんだ」 シンジは困惑した。今、彼が握っている小瓶はギーシュが落としたものに違いない。なぜ、ここまでかたくなに否定するのだろう。 ギーシュの斜め向かいに座っていた青年が、その小瓶を凝視すると、どこか嬉し気に口を開いた。 「それは、【香水のモンモランシー】の香水じゃないか。そうか、ギーシュ。君は今、モンモランシーと付き合っているんだね」 「ち、違う。君まで、妙なことを…」 ギーシュが何か言いかけた時、後ろのテーブルに座っていた少女が立ち上がった。理由はわからないが、ほろほろと涙を流している。 「ギーシュ様、やはり、ミス・モンモランシーと…」 「ケティ、違うんだ。誤解だよ」 しかし、誤解でもなんでもなかったらしく、一分後には、ケティと呼ばれた少女からは平手打ちを喰らった上、騒ぎを聞き付けた例の【香水のモンモランシー】からは、瓶に入ったワインを頭上からぶちまけられた哀れなギーシュの姿があった。 どうやら、この男、二股をかけていたようだ。 常識的に考えて、ギーシュの自業自得に過ぎないのだが、貴族である彼からすれば、【平民ごときが余計な事をしたせいで】という理屈になるわけだ。 そんなこんなで、シンジは右拳という強烈なお礼を酒臭いギーシュから頂く結果になってしまった。 「あの、すいませんでした…」 謝るシンジの姿には目もくれず、ふんっと軽く鼻をならし、ギーシュはその場から立ち去ろうとした。 一言の謝罪で事態の収拾がつき、シンジがほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、派手な音を立てながら腰を上げたルイズがギーシュを呼び止めた。 「ちょっと待ちなさいよ。人の使い魔を殴っときながら、その主人に謝罪の一言もないの?」 「何を言ってるんだい、ルイズ?悪いのは躾のなってないその平民だろ」 「たいした甲斐性もないくせに二股かけてたあんたが悪いに決まってるでしょうが!」 ルイズが核心をつくと、周りの生徒がにわかに沸き始め笑い声が飛んだ。 「そうだ、ギーシュ。君が悪いぞ」 「二股はいかんよ、二股は」 中には面白おかしく勝手な野次を飛ばす生徒もいる。 ギーシュの顔が紅潮した。 「ルイズ。あまり、僕を怒らせない方がいい」 「だったら、どうだって言うのよ。あんたが謝罪するまで一歩も引かないんだからね」 「僕だって、理不尽な謝罪をする気は全くない」 ルイズの肩が小刻みに震え始めた。まだ、一週間という短い付き合いではあるものの、シンジは、ルイズのその癖を良く知っている。ルイズは今、堪え難い怒りに襲われているのだ。 「あ、あ、あんたがそういう態度なら、こっちにだって考えがあるわ!」 「どうするんだい?」 「決闘よ!」 ギーシュは下卑た笑みを浮かべた。 「ゼロのルイズ。ついに頭の中までゼロになってしまったのかい?貴族同士の決闘は禁忌だ。そんなことは平民の子供でも知ってるよ」 「あんたばかぁ?」 ギーシュが訝しげな顔をしたのを確認した後、ルイズは勝ち誇ったように続けた。 「いつ、どこで、なんとき、私が闘うなんて言ったのよ!?あんたの相手は、このシンジよ!!」 なるほど。 事態が自分の手を離れた上、とんでもない方向に進んでることに気付き、シンジは思わず涙を零しそうになった。 「シンジは平民。あなたは貴族。貴族と平民の決闘は、誰も禁止してないわ」 どうやら、貴族という連中は理不尽な理屈が大好きなようだ。 知ったところで、どうしようもない事柄を学んだシンジはしみじみと自分の不運を呪った。 その後、ギーシュとルイズの話し合いによって、決闘は翌日の午後3時、【ヴェストリの広場】にて行われることが取り決められた。 もちろん、シンジの意思は全く尊重されなかった。 その晩、ルイズの寝室にて、決闘の対策会議が設けられたのだが、それは小田原評定としか例えられないような粗末な内容だった。 「で、あんたの特技ってなんなの?」 「えっと、しいて言うなら料理とか…」 シンジが恥ずかしげに口を開くと、ルイズの肩が震えた。 「あんたばかぁ?どうしたら、炊事が決闘の役に立つっていうのよ。ほら、ないの?剣が得意とか。槍が得意だとか」 「すいません…、使ったこともないです」 「火を吹くとか、一陣の風を巻き起こすとか、出来ないわけ?」 貴族の使役する使い魔の中には、そういう生物も確かにいた。実際、この世界に召還間されてからというもの、何度かお目にかかったことがある。例えば、サラマンダーとか、ドラゴンとかだ。 だからといって、シンジにそれを要求するのはいくらなんでも無茶である。しかし、ルイズにもそれくらいのことはわかっていた。 つまり、皮肉を言ったのだ。 「すいません…」 「呆れた。あんた、本当に何にも出来ないのね」 「すいません…」 「そうやって、すぐに謝る。あんたね、人に気を使ってりゃいいってだけの立場じゃないのよ。使い魔は、ご主人様の為に体を張って、時には命をかけて、働かなくちゃいけないの!」 ルイズはそこまで一気にまくし立てると、大きく息を吸い込み、さらに言葉を続けた。 「それなのに、なによ!あんた、何にも出来ないじゃない!みんなを見返してやろうと、頑張ってサモン・サーヴァントをやったのに、何であんたみたいな役立たずが来たのよ!!あんたのせいで私の面目、まる潰れよ!!!」 最後の言葉は、悲鳴に近かった。 気が付けば、シンジは床に正座したまま俯いている。 「…何か言いなさいよ」 「すいません…」 シンジの言葉は、不自然なまでに震えていた。涙を流す一歩手前といった雰囲気が漂っている。 感情をぶちまけて少しだけ冷静になったルイズは、ようやく自分が言い過ぎていたことに気が付いた。 シンジはルイズより、三つも年下なのだ。 まだ、14歳になったばかりの多感な少年が、家族や友達から引き離され、一人ぼっちで貴族の奉公。おまけに、右も左もわからない世界で、唯一、頼れるはずのご主人様からは、突き放されるような怒号の数々。 これはきつい。 非常にきつい。 救いようがないとは、こういう有様を指すのではなかろうか。 「ごめんなさい…、言い過ぎた。本当にごめん…」 「いいんです。何もできないのは本当のことですから」 シンジの痛々しい笑顔がルイズの心を強く握りしめ、バツの悪くなった彼女は逃げるように布団に寝転がると、気怠そうに呟いた。 「もう寝ましょ。なんか、疲れた」 「え、でも…?」 「作戦会議はもう終わり。明日は適当に戦って、適当に負けなさい」 「でも、それじゃ…」 「いーの、いーの。よくよく考えたら、潰れる程の面目、私には残ってないもの。だから、危ないと思ったら、すぐに降参するのよ、わかったわね?」 先程とはうって変わって、ルイズの口調はとても優しいものだった。 シンジは、なんとなしにルイズを見つめる。 あらためて、ルイズは美人だと実感した。 桃色がかったブロンドの髪。宝石のような鳶色の瞳。抜けるような白い肌。高貴さを感じさせる造りのいい鼻…。 通常なばら、その容姿を武器にして、クラス中の人気を博してもおかしくはない。 しかし、現実のルイズはクラスメートのほぼ全員から見下されていた。 その理由は、ルイズの実力にある。 ルイズは魔法を扱えるはずのメイジでありながら、まともに魔法を扱ったためしが全くがない。常に失敗の連続だ。 つまり、彼女の魔法成功確率は0%。 彼女の二つ名である【ゼロのルイズ】は、そこに由来するものだった。なので、蔑称と呼んだ方が正しいのかも知れない。 「明かり…、消すね…」 ルイズの言葉が、考え事に耽っていたシンジの正気を取り戻した。 「はい、おやすみなさい…」 シンジは答えながら、文字通り自分の寝床である床に寝そべった。 「おやすみ…」 ルイズが蝋燭の炎を消すと、辺りを暗闇が包んだ。 シンジは再びルイズに目を向ける。 他人からの侮蔑の視線。 嘲笑。 疎外。 それは、他の何よりも心をえぐる。 シンジはそれを良く知っていた。 たぶん、ルイズは必死なのだ。 人に認められたくて。 人に褒められたくて。 この人は、ぼくに似ているのかもしれない…。 ルイズが寝静まったのを確認した後、シンジは、彼がもっとも得意とする【魔法】の詠唱を始めた。 「逃げちゃダメだ…。逃げちゃダメだ…。逃げちゃダメだ…。逃げちゃダメだ…。逃げちゃダメだ…。逃げちゃダメだ…。逃げちゃダメだ…。逃げちゃダメだ…。逃げちゃ…、ダメだ…!」 ルイズの使い魔であることを示すルーンが刻まれた左拳を頭上に掲げ、強く握る。 今、少年の瞳に決意の光が宿った。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 決闘の場である【ヴェストリの広場】は、どこから沸いたのか、沢山の野次馬で溢れかえっていた。 どうやら、ギーシュが吹聴して回ったらしい。この男、見栄と虚栄心だけは並々ならないものを持っているようだ。 俯せに横たわる初号機が、多数の生徒によって観覧席代わりに使われているのを眺め、シンジの心境は複雑なものになった。 欠損した腕一本を修復するだけで、一兆円近い費用を要するソレは世界で最も高価な観覧席であろう。もっとも、そこに腰を下ろす生徒たちには知るよしもないのだが。 「いいわね。危険を感じたら、すぐに降参するのよ」 ギーシュと対峙するシンジの耳元で、ルイズはそっと囁く。 そんなことなら、決闘の破棄をギーシュに求めた方が話しは早い。しかしながら、ルイズの貴族としてのプライドが、それを許さなかったのだ。 「それより、それ、何?」 シンジの右手に握られている豪華な紋様が施された純銀製の燭台をルイズが指差した。 本来なら、アルヴィーズの食堂に設置されているはずのものである。 「武器の代わりです。これぐらいしか、ちょうど良いのが見当たらなくて」 シンジの答えに、ルイズは小さく溜め息をついた。 「ま、せいぜい、頑張ってね」 ルイズが少年から離れたのと同時に、3時を知らせる鐘の音色が学院内に響き渡った。 「平民。言い忘れてたな。僕の二つ名は『青銅』。『青銅のギーシュ』だ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」 ギーシュが薔薇の花を振り、花びらが七枚、宙に舞ったかと思うと、その一枚一枚が甲冑を着た女戦士の形を為した人形になった。身長は人間と同じくらいだが、硬い金属製のようだ。 この『ワルキューレ』を自在に操り、攻撃する。それが、ギーシュの魔法だ。 シンジは、昨夜の作戦会議の最中にそれを聞いていた。 今、決闘が始まる。 ルイズが決闘の行く末を見守っていると、燃えるような赤い髪と、むせるような色気を振り撒く褐色の肌を持つ少女--キュルケが近づいて来た。 ちなみに、この二人、昔から非常に仲が悪い。 なので、キュルケからルイズに声をかけるのは少し珍しいことだった。 「あんた、本気で、平民が貴族に勝てるとでも思ってるの?」 ルイズは顔をしかめると、面倒くさそうに口を開いた。 「思ってないわよ」 「じゃあ、なんで、こんな決闘を?」 「成り行きよ、成り行き」 「可哀相に…。主人の気まぐれによって、その幼い命を散らすのね…」 この言葉、もちろん、本心ではない。単純にルイズへの当て付けだ。 「うっさいわね。危なくなったら、すぐに降参するよう命令したわよ」 「じゃあ、あれは命令無視ってこと?」 「そうよ…」 二人の視線の先には、七体のワルキューレによる降り注ぐ雨の様な猛攻にさらされ、ぼろぼろになったシンジの姿があった。 しかし、それでも降参するそぶりは全く見せない。燭台を剣の様に構えたまま、ワルキューレを見据えている。 シンジの姿に感じるところがあったのか、キュルケは妖艶な微笑をその顔に浮かべると、嬉しそうに口を開いた。 「主人の名誉の為に命を賭ける…。立派な心構えじゃないの」 「駄目よ。決闘が終わったら、叱ってあげなくちゃ」 「あなた、良い保母さんになれるわよ」 「どういう意味よ?」 「メイジになるのは諦めて、転職したら?ゼロのルイズ」 ルイズの睨むような視線を気にも留めずに、キュルケは再び決闘の場に目をやった。 相変わらず、シンジは七体のワルキューレに圧倒されたままである。 しかし、それでもシンジは良く戦っている。善戦と言っても過言ではない。 ワルキューレの攻撃を何度も喰らい満身創痍ではあるものの、致命的な一撃だけは完璧にいなしていたし、一瞬の隙を見つければ、機敏な動作で攻撃に転じていた。とても、14歳の少年のものとは思えない白兵能力を披露している。 もしも、対峙するワルキューレが二、三体ならば、あるいは勝利を収めていたのではなかろうか。 もちろん、それは幾度にも及ぶ使徒との決戦、そして、連日、何度も繰り返された戦闘訓練によって、シンジにもたらされた恩恵だった。 ギーシュはというと、ワルキューレによって痛みつけられるシンジの姿が目に入る度に、背筋をぞくぞくさせる程の歪んだ快感に溺れていた。 要するに、いじめっ子の【ソレ】である。 ひょっとしたら、この男、性根が腐っているのかもしれない。 時が経つにつれ、次第にシンジの顔には疲労の色が浮かび始めた。無理もない。彼は決闘開始直後から、全力を出し切ったまま、闘っているのだ。 かたや、快感をより深めるだけのギーシュ。 勝負の行く末は誰の目にも明らかだった。 前方にいた四体のワルキューレによって繰り返される攻撃をぎりぎりのところで防いでいると、死角にいたワルキューレの持つ鉄鎚がシンジの脇腹に勢いよく向かってきた。 すんでのところでそれに気付いたシンジは、右肘でとっさにガードする、その刹那、鈍い音が響くとシンジの右腕あらぬ方向に曲がった。 シンジは思わず、顔をしかめ、呻き声を漏らした。 「お願い。もう止めて!」 ルイズの悲痛な叫び声が響き渡る。鳶色の瞳が潤んでいた。 シンジはそれに応えることなく、再び燭台を構えた。 「続けるのかい?」 ギーシュの問いにシンジは無言で頷く。 「良い心構えだ、平民。褒美にこれをやろう」 ギーシュは妖しい笑顔のまま、薔薇の花を降った。一枚の花びらが、一本の剣に変わると、ギーシュはそれをつかみ取り、シンジに向かって投げた。 「わかるか?剣だ。つまり『武器』だ。平民どもが、せめてメイジに一矢報いようと磨いた牙さ。今だ噛みつく気があるのなら、その剣を取りたまえ」 シンジがゆっくりと剣に手を伸ばす。それを見たルイズが慌てて叫んだ。 「だめ!絶対だめよ、シンジ!それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!」 シンジは、今にも涙を流しそうなルイズの瞳を真っすぐに見つめながら、口を開いた。 「使い魔でいいです。寝るのも、床でいいです。ご飯も床でいいです。まずくたっていいです。ルイズさんの下着だって、洗います。生きるためです。仕方ありません」 シンジはそこで言葉を切った後、左の拳を握り締めた。 「でも……」 「でも、なによ……」 「でも、だからこそ、今は逃げちゃだめなんだ…!」 右腕の激痛に顔をゆがめながら、ワルキューレ達を見据えたシンジは、剣の柄を逆手で持ち、刃を地面に突き刺した。 それを見たギーシュは怪訝な顔をする。 シンジは剣から数歩下がると、勢い良く走り出し、柄を踏み台にし跳躍した。 そして、ワルキューレの頭上を飛び越え、油断しきっていたギーシュの腹部にそのまま飛び蹴りを浴びせたのだ。 たまらず膝を落し、前屈みに悶えるギーシュ。 シンジは絶好のポジションに現れたギーシュの顔面を思い切り蹴り上げた。ギーシュの鼻血が辺りに飛び散る。 --いける!! 勝利を予感したシンジの頭部に堪え難い痛みと、衝撃が走ったのは、そのすぐ後の事だった。 ワルキューレの拳がシンジの後頭部を直撃したのだ。 それによって、シンジの意識はあっけなく暗転し、その場に倒れ込んだ。 「へ、平民風情が、高貴なこの僕の顔を…!!」 怒りを抑え切れないギーシュは、鼻血を拭いながら、ワルキューレを操作し、倒れ込んだシンジの頭を踏み付けようとした。 その時、それまで、横たわるだけだった【人型汎用決戦兵器エヴァンゲリオン初号機】の両眼が凶暴な金色の光に染まった…。 所変わって、ここは本塔の最上階にあるトリステイン魔法学院の学院長室。 その部屋のドアが勢い良く開けられ、中にコルベールが飛び込んできた。 「オールド・オスマン、大変です!」 オスマンと呼ばれた男は、ここトリステイン学院の学院長を努める老人だ。白い立派な口髭をたくわえ、その顔には、彼が過ごしてきた歴史を物語る深い皺(しわ)がきざまれている。 その御歳は百歳とも三百歳とも言われ、本当の歳が幾つなのかは誰も知らない。 「まったく。ノックもせずに何事だ」 慌てるコルベールとは対象的に、オスマンは、呑気に耳の掃除を続けながらコルベールを窘めた。 「と、とにかく、これをご覧になって下さい!」 コルベールはシンジの手に現れたルーンのスケッチを手渡した。 それを見た瞬間オスマン氏の表情が変わった。目が光って、厳しい色になった。 「詳しく教えてくれ、ミスタ・コルベール」 促されたコルベールはここぞとばかりに、泡を飛ばして、オスマンに説明をした。 春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年、巨大な亜人、空飛ぶ棺桶を呼び出してしまったこと。ルイズがその少年と『契約』した証明として現れたルーン文字、そして、亜人と空飛ぶ棺桶が気になったこと。それを調べていたら………。 「始祖ブリミルの使い魔【ガンダールブ】に行き着いた、というわけじゃね?」 「は、はい。そして、あの巨人、恐らく…」 「アダムより生まれしエヴァ……、と言うわけか…」 オスマンは呟きながら、窓の外を眺めた。 その視線の先には、晴天の空に浮かぶ二つの月があった。 その時、ドアがノックされ、オスマンは慌ててスケッチを机の引き出しに隠した。 「誰じゃ?」 扉の向こうから若い女性の声が聞こえてきた。 「ロングビルです。オールド・オスマン」 ロングビルはオスマンの秘書だ。 「何の用じゃ?」 「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようで、大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」 「まったく、暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、だれが暴れておるんだね?」 「一人はギーシュ・ド・グラモン」 「あのグラモンとこのバカ息子か。で、相手は誰じゃ」 「…それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」 オスマンとコルベールが顔を見合わせた。 その時、本塔がわずかに振動を起こした。遠くからは悲鳴や怒号が聞こえる。 その発信源は、ちょうど、ヴェストリの広場がある方向だった。 嫌な予感に囚われたオスマンが杖を振ると、壁にかかった大きな鏡にヴェストリ広場の様子が映し出された。 そこには、暴走する初号機によって繰り広げられる『修羅場』があった。 当然のことなのだが、全ての『ワルキューレ』が、初号機によって破壊されるのに十秒とかからなかった。 拳を叩き付けられ粉砕されたものもあれば、胴体を引きちぎられたり、巨大な掌に握り潰されたり、あるいは強烈な蹴りをくらい、四散したものもあった。 なかには、喰われたワルキューレもあった。 しかし、初号機の口に合わなかったのか、何度か噛み砕かれた後、すぐに吐き出された。 かたや、前時代的な青銅で作り上げられた身の丈2メイル程の動く鎧。 かたや、近代技術によって、分子レベルから構成された特殊装甲にその身を護られた身の丈40メイル程の動く天使。 勝負になるわけがなかった。 初号機は粉々に砕けちったワルキューレを、それでもなお、何度も執拗に踏み続けた。 そして、ワルキューレが完全に圧壊したのを確認した後、初号機は空に向かって、雄叫びをあげた。 その瞬間、その場にいた全員の背筋が凍り付いた。聞く者全てに圧倒的な畏怖の念を抱かせたそれは、例えるならば、百獣の王ライオンの様な絶対強者のみに許される鬨の咆哮の様だった。 しかし、初号機の狂気は収まらない。 【彼女】の目的は、あくまでも、ワルキューレを使役していた張本人、--ギーシュ・ド・グラモン、その人なのだから…。 扉の向こうにいるオスマンから、突如、反応が無くなったことを、ロングビルは不信に思った。 当のオスマンは、初号機の圧倒的な戦闘力を目の当たりにし、驚愕のあまり、言葉を失っていたのだ。 仕方なく、ロングビルは言葉を続けた。 「オールド・オスマン、聞いておられますか?教師達は決闘を止める為に、『眠りの鐘』の使用許可を求めています」 ロングビルの言葉によって我に返ったオスマンは、すぐさま、指示を下した。 「許可する!すぐに使用するんじゃ!一刻も早く!!」 「かしこまりました」 ロングビルが去っていく 足音が聞こえた。 コルベールは唾を飲んで、オスマンに聞いた。 「本当に秘宝『眠りの鐘』を使うのですか?」 「今、使わなければ、何の為の秘宝だかわからんじゃろ。おそらく、称号付きメイジが何人束になっても、エヴァは止められん…」 秘宝『眠りの鐘』が、オスマンの許可をもらった教師等に使用された。 これで、全ての収拾がつくはずだった。 しかし、異質な【何か】が接近してくるのを感知した初号機は、ヴェストリの広場を囲うように【A.T.フィールド】を展開し、『眠りの鐘』の効力を掻き消したのだ。 --A.T.フィールド。 それは、絶対領域とも呼ばれる物理的、及び精神的障壁である。シンジの世界に存在するあらゆる兵器の攻撃をほぼ無効化する事が可能であり、エヴァンゲリオンが決戦兵器と称されるのは、この能力を有している為であった。 その様子を鏡越しに眺めていたコルベールが、悲鳴をあげた。 「効果がないだと!!」 オスマンは何かに気付いた様子で、忌ま忌まし気に呟いた。 「心の壁か…。やはり、アダムの眷属に間違いないな…」 自身が展開したA.T.フィールドによって、未知なる力が掻き消された事を確認した初号機の視線が再び足元へと向けられた。 恐怖に駆られた野次馬の生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃走を始める。 身の危険を感じたギーシュも慌てて、ヴェストリの広場に隣接する【火の塔】の中へと走り込んだ。 もはや、決闘のことなど、頭にない。今、彼が感じているのは、身を焦がすような戦慄と息苦しさを催す恐怖だけだ。 ギーシュの行動を捕捉した初号機は左肩部の突起部分を開口させ、その巨躯に見合うだけのサイズを誇る巨大なナイフを、そこから取り出した。 初号機の右手に納まったナイフが、鮮やかな青色の発光を始める。 それは、そのナイフの有する絶大な切断能力が開放された証でもあった。 正式名称は、【プログレッシブ・ナイフ】。 近接戦闘用兵器としてエヴァンゲリオンに標準装備されているものである。 形状こそ通常のナイフと違いはないのだが、その内容は全く異なる。 プログレッシブ・ナイフは、高振動粒子で形成された刃により、接触する物質を分子レベルで分離する事で分断するのだ。 その為、鋼鉄すらも、プログレッシブ・ナイフを用いればバターの様に切断可能である。 初号機はプログレッシブ・ナイフで火の塔の壁面の一部を、直径10メイル程の円を描くように切り裂いた。あっさりと、その内側の壁が抜け落ち、後に出来た円い穴の向こうには腰を抜かしたまま、へたりこむギーシュの姿があった。 初号機はプログレッシブ・ナイフを収納すると、恐怖に侵され身動きの出来ないギーシュを右手で握りあげた。 「くあっ…!」 ギーシュは躯を締め付ける凄まじい圧力に、たまらず、呻き声をもらした。 自分はこのまま、握り潰されてしまうのではなかろうか。 ギーシュの脳裏に恐ろしい予感が浮上したその時、初号機の頭部で烈しい爆発が起こり、彼は思わず、唯一自由の効く顔を伏せた。 「ルイズ!あんた、なにやってんのよ!!」 キュルケが悲鳴をあげる。 爆発の原因はルイズだった。彼女の魔法が炸裂したのである。ただし、彼女が詠唱したのは、極めて初歩的なファイアーボールだったので、爆発が起きたのは予想外のことだった。 しかし、それでも、初号機には全く効果がない様子だ。結局、ルイズの渾身の魔法も、この巨大な脅威の注意を自らに向けただけで終わった。 「だ、だって、止めなきゃ…。このままじゃ、ギーシュが死んじゃう…」 ルイズは恐怖に震える体から、なんとか、声を搾り出した。 初号機の空いた左手が接近し、ルイズの視界を全て埋めた。 ルイズは何も考えられず、ただ目をつぶった。 しかし、数秒経っても覚悟したことがおこらなかったので、ルイズは恐る恐る目を開ける。 そこには、不自然な恰好のまま動きを止めた初号機と、その右手の中で、鼻水と涙をだらだら流しながら、必死に嘆願するギーシュがいた。 「ぼくの負けだ…。だから、殺さないでくれ。頼むから…、殺さないでくれ…」 静寂の中、虫の鳴声とギーシュの情けない言葉だけが辺りに響いた。 こうして、ヴェストリの広場で行われた決闘は初号機の一人勝ちという、非常にうやむやな形で終幕を迎えた。 朝の光で、シンジは目を覚ました。自分の体中に包帯が巻かれていることに気付き、少し顔をしかめる。 視線を上に戻すと、無機質な白い壁紙が張られた天井が目に映った。 「また、知らない天井か…」 シンジは静かに呟いた。 「ようやく、お目覚めね…」 声の主は、ベッドのすぐ横にある椅子に腰掛けたルイズだった。 少しばかりやつれて見えるのは気のせいだろうか。 「ここは…?」 「保健室よ。あんた、ギーシュにやられて、三日三晩、ずっと寝続けてたんだから」 そうか。自分はギーシュと決闘して、そして…。 「負けちゃったんですね…。ルイズさんの言う通りですね。ほんとに何もできないや…。情けないな…」 ルイズは何かを言いかけて、口をつぐんだ。 果たして、あれはシンジの負けだったのだろうか。 それに、シンジには聞きたいことがたくさんある。 まず、あのオーガの件。以前、シンジに尋ねた際、彼は『この世界では動かせない』と明言していた。 しかし、動いた。圧倒的な破壊力を見せ付けながら…。 シンジは顔を背けたまま、それ以上何も語ろうとしない。 それに気付いたルイズは、彼女が抱える数ある疑問の中で、もっともささいな事をシンジに尋ねた。 「あんた、何ですぐに降参しなかったのよ?私の言葉を聞いてなかったわけじゃないでしょ」 「いえ。ただ…」 シンジはそれだけ言うと、再び黙り込んでしまった。仕方なく、ルイズはシンジを促す。 「ただ、なによ?」 「……もし、ぼくがギーシュさんに勝つことがあれば、みんなも少しはルイズさんのことを見直すかなって思って…。結局、意味なかったですね、負けちゃったし…」 シンジの真意を知ったルイズは顔をほんの少しだけ赤らめた。 そして、いまだ癒えきらないシンジの左頬の傷を指先で優しく撫でると、呆れたように、だけど、微笑みながら、そっと囁いた。 「ばか…。無理しちゃって…」 見 第一話 知 ら ぬ天井 おわり